映画と自分史(その1) 「ゴッドファーザー」

一般社団法人自分史活用推進協議会理事 河出岩夫

あけましておめでとうございます。
年末年始の過ごし方は人それぞれかと思います。私はというと、いろいろな映画を観て過ごしました。昨今は月額固定で見放題という便利な時代になりました。古今東西、数えきれないほどの作品を、自宅でもスマホでも、好きな時に好きなだけ見られるわけです。

今回観た中で印象に残った作品をひとつ取り上げてみたいと思います。ご存じの方も多いと思いますがフランシス・フォード・コッポラ監督の名作「ゴッドファザー」シリーズです。3部作合計で8時間以上あるものの、飽きることなく一気に観ることができました。1972年の初上映から50年以上が過ぎても色褪せないのは、人間の不変性や本質に根ざしたストーリー展開と役者の演技力とが見事にマッチしているからなのでしょう。

「ゴッドファザー」(DVD版パラマウントジャパンより)

シリーズ第2作では、時系列が遡り、1作目の主人公ヴィトー・コルチオーネ(マーロン・ブランド)の若かりし頃の物語をロバート・デ・ニーロが好演します。いわゆる「生い立ち」編であり、なぜイタリアシチリア島出身の少年がアメリカに渡り、マフィアのドンとなっていったのか、その謎が明かされていきます。まさに自分史要素に溢れた構成となっているわけです。
加えて、コッポラ監督自身はイタリア系アメリカ人です。かつて祖父がイタリアからアメリカに渡った20世紀初頭、アメリカで受けた差別の経験があったのかもしれません。その孫であるコッポラ監督は、特段の思いを込めて第2作を撮ったのではないでしょうか。
もちろん映画作品自体はフィクションですが、コッポラ監督にとってはノンフィクションの側面もあります。それはコッポラ監督の実の娘ソフィア・コッポラが生まれたばかりの赤子役(1971年の撮影時0歳と思われる)として第1作に登場し、その19年後には2代目ドン・マイケル(アル・パチーノ)の娘役として、ファミリー(マフィア)の後継者問題と恋に翻弄される難しい役柄を演じることになります。

ネタバレは避けますが、コッポラ監督はどのような思いで実の娘にカメラを向けていたのでしょうか。そして3部作を通じてクールな役を全うしていたマイケル(アル・パチーノ)が最後の最後に見せた父としての姿にコッポラ監督自身の父性が投影されていたのではないでしょうか。
その意味では、コッポラ父娘にとって映画「ゴッドファーザー」は紛れもなくノンフィクションであり、親子の記録でもあるのでしょう。
自分史的視点を持つことで、映画作品の内外にこうした人生の物語を見つけてみるのも面白いかもしれません。