恨みつらみ事を綴った自分史に戸惑う

自分史活用アドバイザー 櫻井 渉

自分史づくりで困ったり、悩んだことはありませんか? 親族や家族の「悪口」やネガティブな話をストレートに書いた「自分史」に出合った時、その対応に戸惑いました。人生は予期せぬ出来事の連続です。「何年たっても許せないこと」や「納得できないこと」に巡り合うことがあるかも知れません。だからと言って、鬱憤を晴らすような書き方をしては「読み手の共感」は得られないでしょう。「恨みつらみ事」をどこまで書き込むか? 新たな「課題」が突き付けられました。

その年配男性は、生い立ちをメインにした自分史作りにとても意欲的でした。詳しい話を聞くため、歴史に名を残す武将が活躍した史跡がある地方都市に向かいました。

男性は仲間と社会貢献を目指した団体を運営していました。夫婦で力を合わせ、喜びも苦労も分かち合ってきました。子どもたちは東京の大学や短大にそれぞれ進学、思い思いの人生を歩み始めました。「順風満帆な人生だ」と思っていました。

ところが、押し寄せてきた「開発の波」の影響をもろに受け、思わぬ困難に直面しました。団体の本拠地を移転して、事業を拡大する話が持ち上がったのです。この賛否を巡り、団体の中に「亀裂」が入りました。話し合いは平行線のまま。その間に、移転に伴う土地売買疑惑や不明朗な会計処理が浮上しました。気が付くと男性は「蚊帳の外」に。その間に土地売買の話は進み、使途不明金もうやむやにされました。

団体の運営に「生き甲斐」を持ち続けてきただけに、「この汚点」は許しがたいことでした。家族や子孫に自分の歴史や思いを伝える自分史にする予定でしたが、「汚点」を書かずにはいられなくなりました。この移転に関わった人たちへの「怒り」と「批判」を書き込んだ原稿が届きました。

歯に衣着せぬ書き方に戸惑いました。なんとか、困難を乗り越え、自分の成長にどう活かしたかの文脈に切り替えられないかを探りました。自分史は家族や友人に向けて書くことが多いですが、出版物である以上、不特定の人が目にすることもあります。場合によっては、名誉棄損やプライバシー侵害に発展する恐れもあります。

こちらの助言を容易に受け入れない状況が続きました。話し合いの結果、自分史を「家族編」と「団体編」に分けて制作することに。ただ、「団体編」の内容は、法的な問題を引き起こす可能性がありました。このため、男性の許可を得て、これまでの経過をよく知る弁護士に依頼して、「団体編」の原稿を読んでもらいました。修復不可能な溝が出来そうな箇所を思い切って削ってもらい、なんとか納本に漕ぎつけました。胸につかえていた不平、不満、恨みが解消された執筆者の姿に、ホッとしました。

もう一つの事例は、事業運営を巡り、家族間で骨肉の争いに発展したケースです。「法廷闘争」の内容をメインにした自分史で、ため込んだ「怒り」が赤裸々に書かれていました。

自分史制作の原点に立ち返り、「誰に向けた自分史なのか、何のために書くのか」を話し合いました。ですが、「私の余命は残り少ない。このままでは死んでも死にきれない」と引き下がりません。「親族には内緒で作る」との話も、自分史制作側を悩ませました。その一方で、刻々と厳しさを増す病状。待ったなしの緊張状態が続きました。

トラブル回避に向けて、今後の対応を専門家に相談しました。男性の許可を得て、問題となりそうな箇所を削りました。紆余曲折の末、納本しました。その後の心配は杞憂に終わりました。

自分史は、忘れていた辛い出来事や胸に秘めた「トラウマ」と向き合わねばならないことがあります。精神的に大きな負担を伴います。書くことで、「自分を癒したい」と思いたくなることも。でも、書くならば「チクリと刺す程度」に留めたいものです。評論家でジャーナリストの立花隆氏は「自分史の書き方」(講談社学術文庫)の中で、「同時代史の流れの中に自分史を置いて見る」ことを勧めています。この「冷静な目」を忘れずに、自分史を書き進めたいものです。

2025年12月20日