オリンピックを自分史に取り入れよう
先日、ミラノ・コルティナ冬季五輪が幕を閉じた。
日本の獲得したメダル数は前回の北京大会(2022年)の18個を大きく上回った24個で、過去最高記録を更新した。2006年開催のトリノ五輪ではフィギュアスケートで「イナバウアー」を見せた荒川静香の金メダルが唯一のメダル獲得だったことを思い返せば大躍進といえる。
今回の大会で特に印象的だったのは、スケートの「りくりゅう」ペアの金メダルだろう。前日のSPではミスがあり5位という結果に落胆した二人だが、翌日のフリー演技で世界最高得点を叩き出し、見事に逆転金メダルを獲得したことは、連日のニュースで大きな話題となった。
メダルがすべてではないが、メダルを巡る選手たちの熱い思いがあればこそ、たくさんのドラマが生まれ、観衆である私たちの記憶にも深く刻まれる名場面や名言が生まれるといえる。
数々の名言は名場面とともに人々の心に残り、それはたとえば流行語というかたちでも広まっていく。
ざっとあげてみると、
「Qちゃん」「めっちゃ悔し〜い」「最高で金 最低でも金」(2000年シドニー五輪)
「気合だー」「チョー気持ちいい」(2004年、アテネ五輪)
「イナバウアー」(2006年、トリノ五輪)
「手ぶらで帰らせるわけにはいかない」(2012年、ロンドン五輪)
「そだねー」「もぐもぐタイム」(2018年、平昌五輪)
「名言が残せなかった」(2024年、パリ五輪)
などなど。今年は「りくりゅう」か「木原運送」あたりがノミネートされるかもしれない。
言うまでもないが、オリンピックは夏季冬季ともにそれぞれ4年に一度の開催である。それは裏を返せば私たちは4年単位で、オリンピックを感じ取っているともいえる。「あれから4年か」とか「もう8年前になるのか」といった具合に。
浅田真央がキム・ヨナと頂点を競い合い、銀メダルに涙したのは2010年のバンクーバー五輪のこと。もう16年も昔、あの東日本大震災よりも前の出来事なのだ。
こうして考えてみると、オリンピックを時間軸にして自分史を書くこともできるのではないか。
例えば私が生まれた年は1968年、メキシコ五輪開催の年だ。もちろん記憶にはないが、体操の塚原光男やマラソンの君原健二が活躍した大会だ。そして、物心がついたころに話題となっていたのは、なんと言っても1976年モントリオール五輪で活躍した女子体操のコマネチだ。1980年のモスクワ五輪ボイコットという衝撃は、小学生ながら鮮明に記憶している。続いて、カール・ルイスが大活躍した1984年のロス五輪の頃は、多感な高校1年生だった。
時は過ぎて、「自分で自分を褒めたい」と有森裕子が銅メダルを手に涙したのは1996年のアトランタ五輪。長女が誕生したのは閉幕から数日後のことだった。長男が誕生したのは、スキージャンプで原田が「舟木~」と呟き、金メダルを取った1998年の長野五輪の年である。
こうしてオリンピックという時系列で自分史を書き出してみることで、どんな時代をどんなふうに過ごしてきたのか、あたらめて思い返す糸口にもなる。
オリンピックは誰もが知る世界的イベントだからこそ、自分史に取り入れることで、読み手との相対化が奏功しやすい。つまり、国境や人種、時代を超えて書き手と読み手をつなぐ「魔法のキーワード」なのだ。
ぜひ思い出深いオリンピックの光景を思い浮かべながら、当時の自分史を振り返ってみてはどうだろうか。

