「新聞投稿欄」に載った原稿で自分史作り
自分史のまとめ方は千差万別だ。生まれた時から現在まで時間を追って整理したり、人生の中で最も印象に残った出来事を中心に書き進める方法もあるだろう。また、出会った人や家族への感謝の気持ちを綴るやり方もある。どれも、その人ならではの「唯一無二」の自分史になるはずだ。初めて出合った自分史作りの「手法」が、大手新聞社や地方新聞社に投稿、掲載された約140編の「原稿」をまとめた男性の「自分史」だった。
男性は50歳を過ぎ、新聞社への投稿を始めた。記憶はいつしか薄れていく。語り継ぐうちに「事実」が間違って伝わることもあるのではないか? ならば、「文章に残した記録は事実を伝える証拠になるのではないか」との考えに行きついた。
無趣味だっただけに、手書きの原稿が新聞紙面に掲載された時の喜びは格別だった。文章を書くことに夢中になった。投稿した原稿が載った新聞を、駅の売店でまとめ買いしたこともあった。掲載紙は大手新聞社から地方新聞社まで数社に及んだ。50歳代から70歳代までに投稿、掲載された原稿を年代順に並べ替えて「自分史」をまとめた。そこには、男性の悲喜こもごもの「歩み」を映し出している。
会社員で避けられないのが定年退職。当時、物を作れば何でも売れた高度成長期だった。「働かされているとの意識はなかった。とにかく、楽しかった。仕事を通じて目標を達成する喜びを知った」と綴る。40年間の会社勤めから「信頼し、信頼されることの大切さを学んだ」と振り返る。そして、原稿を「このことは家庭生活でも同じだ」との言葉で結んでいる。
スポーツ関連の投稿も多い。真夏の日差しが照り付ける中、厳しい練習に耐えながら甲子園を目指す高校球児たち。中には、公式戦で一度もベンチ入りすることが叶わない球児もいる。「社会人となった時こそ、一人ひとりがそれぞれの分野でレギュラーになる。高校野球から学んだ礼儀や友情は大きな財産になる」とエールを送る。
「孫の誕生」の喜びを投稿した文章は読み手の心を捉える。「おなかがすけば泣き、お乳をたくさん飲んでは寝る。寝顔はまるでお地蔵さん。首がすわるのを待って風呂に入れるのが楽しみだ」。孫を愛するストレートな気持ちが、掲載の可否を判断する新聞社の投稿担当記者の心をガッチリとつかんだようだ。文章の最後に「孫の誕生は生きる力をくれる」との言葉を加えた。
筆者の目は原子力行政にも向かう。2011年3月11日午後2時46分に発生した「東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9・0)」。東京電力福島第一原子力発電所は津波による全電源喪失が原因で、原子炉の冷却機能が失われ、原子炉建屋の水素爆発を引き起こした。
「地震列島にくまなく配置された原子力発電所の安全対策は十分か」と不安感を吐露。「これ以上の増設は疑問だ。人々は今、便利さを追求するよりも我慢することを考えるべきだ」と警鐘を鳴らす。そして、「国はなぜ、原子力発電に固執するのか説明を聞きたい」と問い掛ける。
このほかにも、温暖化やオゾン層の破壊に直面している「地球の未来」への思い、妻との農作業から見えてきたこと、地域の環境を守る昆虫採集の方法など、書きたい関心事は膨らむ。人生の「軸」は何かを再確認しながら、「時代の証言者」としての考察も深める。ますます不透明感が増す中、「未来への希望」を繋ぐ「架け橋」の役割を担った自分史にもなっている。
2025年11月12日


