自分史の花

一般社団法人自分史活用推進協議会理事 河出岩夫

2025年12月、「一枚の自分史」ワークショップをオンラインで開催した。
参加者は7名。オンラインということもあり、北海道から九州まで全国各地から参加していただいた。
「一枚の自分史」ワークショップを考案したのは2015年8月なので、今年でちょうど10年目を迎えた。どうにかほそぼそと続けてこられたのは、ありがたいことに参加者の方からリクエストをいただけるからである。

ところで、「自分史」という分野はしばしばメディアに取り上げられるが、その枕詞はたいてい「今、自分史がひそかなブームである」といったものだ。しかし、このブームという言葉に私は抗いたい。なぜなら、「人生を振り返り、言葉にして次の世代に伝え残していく営み」は人として不変的な欲求であり、それはブームといった流行り廃りで営まれるものではないと信じたいからだ。
だがもちろん、世間から自分史という分野への関心が高まったり弱まったりするサイクルはあるだろう。その意味で自分史にも冬の時代はきっとあるし、もしかしたらそれは今現在なのかもしれない。

春になればあちこちでいろいろな花が咲くわけだけれども、冬に咲く花はとても貴重だ。
「一枚の自分史」というワークショップは、私にとってはひとつの「花」だといえる。自分史に何かを期待してくれる人がいるからこそ、咲ける花なのだ。
今回のワークショップでも、参加された方々が自分の大切な人生のエピソードを勇気をもって語られた。美しい話ばかりではない。むしろ辛かった体験や、後悔していたこと、劣等感に苛まれていたこと、そうした自分の胸の奥深くにしまっていた暗闇に灯火を当て、時に胸を詰まらせ、声を震わせ、それでも言葉にしていく過程を私たちはワークショップの中で共有することができる。
自分史という手段が人と人の心をつなぐ媒介となる瞬間、その花はぱっと咲くのだ。「自分史で話の花を咲かせよう」という協議会のスローガンも伊達ではない。ワークショップを通じてそうした体験を少しでも味わってもらえたならば、主催者冥利に尽きるというものである。

そしてあらためて思うのは、自分史に何かを期待してくれる人がいる限り、この小さな「花」を枯らさずにいたいということだ。
きっとそのうち春が訪れるだろう。