α世代って何?世代論と重ねて自分史を考えてみた

一般社団法人自分史活用推進協議会理事 河野初江

正月の新聞が「α(アルファ)世代」の世代論でにぎわっていました。X も、Yも、Zもよくわからないうちに、もうα?と驚いてしまいました。私は1951年生まれ。世代論で言えば、学生運動や高度成長を牽引した「団塊の世代」(1947〜49年)に続く次の世代で、「しらけ世代」(1950〜64年)とよく呼ばれてきました。政治的熱狂から距離を置き、冷めた価値観を持っているのが特徴なのだとか。

私が生まれた1951年はサンフランシスコ講和条約が締結され、日本がアメリカの占領下を脱した年で、戦後の貧しさが色濃く残り、物資が十分とは言えなかった時代でした。だからでしょう。私が岡山の新聞社主催の「赤ちゃんコンクール」で入賞した時の賞品は粉ミルクで、「涙が出るほどありがたかった」と母がよく話していました。けれども成長するにつれ社会は目に見えて豊かになっていきました。テレビ、冷蔵庫、洗濯機――と“三種の神器”が家庭に入り、「明日はもっと良くなる」と誰もが思ったものです。

学生時代を迎えた頃には団塊の世代が主導した学生運動の熱狂はピークを過ぎていて、私たちはその“熱狂の後”の静けさの中で青春を過ごしたように思います。だから上の世代から「しらけ世代」と呼ばれたのでしょう。

「赤ちゃんコンクール」の賞品は粉ミルクだった(昭和26年頃)

たしかにそうだったかもしれません。先輩たちが「気合いだ、根性だ」「さあみんなで頑張ろう」と声を張り上げるのを、どこか距離を置いて眺めていました。今振り返ってみると団塊の世代のエネルギッシュさに圧倒されながら、少しばかり頑張り、調整をしたり、場を和ませたり…そんなところで力を発揮する世代だったような気がします。

私たちのあとに登場したのが「新人類」(1960年代)。豊かさの中で育ち個人志向が強まった世代だそうです。続いて「バブル世代」(1965〜70年頃)、「氷河期世代」(1970〜82年頃)、「団塊ジュニア」(1971〜74年頃)、「ゆとり世代」(1987〜96年頃)、「X世代」(1960年代後半~70年代) 「Y(ミレニアル)世代」(1980〜95年頃)、「Z世代」(1990年代後半〜2010年代)、「α世代」(2010年代以降)…と次々に新しい世代呼称を耳にするようになりました。「α世代」は生まれた時からタブレットが身近で、AIとともに育った子供たちなのだとか。私が黒電話のダイヤルを回していた頃とはまるで別世界で育った子供たち、たしかに見ているものが違うのかもしれません。

「しらけ世代」と呼ばれてきた私たちは、派手さはないけれど貧しさと豊かさの両方を知り、変化の激しい時代をしなやかに生き抜いてきた世代だとも言えます。熱狂の危うさを知っているのが私たちであるとすれば、時代の流れのなかでまだまだ言ったりしたりすることができることがあるように思えます。世代論に振り回される必要はありませんが、こうして自分史と重ねて自分を振り返ってみると、時代の流れの中に自分の位置がふっと浮かび上がるようで、これもまた自分史の楽しみ方のひとつと言って良さそうです。