【シネマで振り返り 71】「境界線」をめぐるある家族の一日の物語 …… 「シリアの花嫁」
自分史活用アドバイザー 桑島まさき
2009年に日本公開された「シリアの花嫁」(2004年/フランス・ドイツ・イスラエル合作)は、イスラエル占領下のゴラン高原にすむシリア人花嫁の物語で、2004年モントリオール世界映画祭でグランプリ、観客賞、国際批評家連盟賞、エキュメニカル賞に輝いた作品だ。
内戦の続くシリア南部からイスラエル北部のガリラヤ湖畔に広がるゴラン高原は元シリア領土。1967年の第三次中東戦争でイスラエルが占領したが、その地に住むドゥルーズ派というイスラム教徒のマイノリティーの民は、占領されてもゴラン高原はシリア領という認識をもち続けた。双方で互いの国家の存在を認めていないため、両国間の緊張は長く続いている。気の毒なのは、国家間の睨み合いに巻き込まれた無国籍状態の民だ。
そんな背景をもつ家族のある一日を娘の結婚を軸にして、複雑な国際情勢を笑いとばすようなユニークな演出でみせる秀逸な「境界線」をめぐる物語ともいえる。
ゴラン高原のある村。娘モナがシリア人の人気俳優と結婚するために嫁ぐ日。一家は大忙しだ。モナは遠縁にあたる男を写真でしか知らないが幸福な家庭を築くことを夢み、境界線をこえシリアへいこうとしている。イスラエルとシリアは険悪状態なのでシリア側へ渡れば二度と家族の元に戻ってくることはできないだろう。
モナの結婚式のために家族が集う。一家の父はイスラエル占領下のゴラン高原にすむが、親シリア派活動家なのでイスラエル警察からマークされている。よって、娘のために境界へはいけない可能性が強い。刑務所にはいったこともある父、優しい母にかわり一家を指揮するのは長女でしっかり者のアマル(ヒアム・アッバス)。妹が無事シリア側の花婿のもとへいけるか心配するアマルは、自身も保守的な夫と不和状態で不安を抱えている。優秀な弁護士で家族から期待されていた長男は、父や長老に逆らってロシア女性と結婚したため勘当されていたが、モナの結婚式出席のため村に戻り家族と再会する。次男はお調子者。三男はシリア側でくらす大学生だ。
様々な事情を抱えた家族が境界に集合する。境界線の向こうには少し遅れたが、花婿が、新婦がはやくこちら側にくるのを今か今かと待ちわびている。花嫁を送り出す家族の緊張と対称的にこちらは明るい!
あとは手続きだけ。モナが花婿のいるシリア側へいくために必要なことさえ完了すれば。ただ、それだけ!
モナの通行手続きを代行するのは国連事務所で働くジャンヌという女性。通行証にイスラエルの出国印がおされる。それをシリア側にはこぶジャンヌ。そこで手続き終了するはずだったが……。お役所仕事の融通のきかないイライラぶりはどこも同じ。両国間のいまだ解決されない種があるためにスムーズにいかない。今日を逃すと、今度はいつシリア側へ渡れるかわからない家族は、なんとかモナのために手続きを急がせようとするのだが……。
クスクス笑える痛快無比な演出だが、これが両国の現状であることを、私たちは本作のような作品や、世界各国の多くのジャーナリストたちの危険を伴った命がけの取材活動を通して知ることができる。本作のエラン・リクリス監督は実際の旅の経験に基づいて本作を撮っている。モナのように境界線を越えてシリア側へ嫁いでゆくゴラン高原の花嫁は多いそうだ。
袋小路におちいっている国家の問題がいかに根深いかを見せられても、家族たちはそんな問題をも乗り越える団結力や確かな絆をもっていて感動的だ。
※「シリアの花嫁」(2009年2月21日 日本公開)
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