「いきいき自分史講座」第3回報告

自分史活用アドバイザー 今里勝信

都内某区の福祉施設A様で開催した「いきいき自分史講座」の第4週目(最終回)の講座を10月2日(火)に実施し終了の運びとなりました。
皆様の参考になる事があればと4回の講座について以下報告いたします。

第1回目:9月11日(火)

15名定員に対し連絡なく出席のなかった人2名、体調不良による欠席1名の12名でスタート。
早目に会場に入り、PC他のセッティング後協議会スライド“この街で”を流し出席者を迎えました。

・講座説明の内容は、自分史の魅力を協議会発行の冊子の内容に沿って説明。
・理解を促すため協議会スライド“知ってみようか”を上映。
・作品ワークは“一枚の自分史”を説明し、用意した用紙に書き込んでもらいました。

*昔の写真は空襲で全て失ったと写真を持参できなった80歳の男性は、空襲で近くの河原に逃げて来た人たちの絵を描いて、その惨状を説明し、二度と経験したくないとコメントをまとめられました。
*83歳の女性は小学校入学時に家族と撮った写真に対して、生まれた日から、小学校、結婚し子供を産み……と一気に記述しました。自分史と言う理解で全てを書かねばならないと理解してしまった様です。(私の一枚の自分史の説明が理解されなかったかと少し落ち込む事例として勉強になりました。)
*85歳の女性は写真がないとの事で、私が用意した昭和の写真やポスターから“石原裕次郎”を見出し、話に花が咲き手が一向に進まないままに終わりました。
*最も若い66歳の男性は、一枚写真を見ても何も湧いてこない、書くことがないとご自身の考えていた自分史とこのワークのギャップを感じご不満のご様子でした。(この男性は2回目以降出てこなくなりました。)
*撮影日が思い出せないとペンが進まない70代の女性は、家に帰って考えたいとコメントしたままとなりました。

この日の反省は、自分史の魅力の説明についつい力が入りスライド上映も含めて1時間も話してしまい、後半のワークにかける時間を十分とれなかったことです。

第2回目:9月18日(火)

この日の説明は“自分史のつくり方”認定講座第2章をかみ砕いた内容です。
ワークは“自分史年表”作りとしました。
この日は脱落者(男性)2名と、都合が悪くなった人(男性)1名で、女性は9名全員が参加して頂けました。
この日もついついしゃべり過ぎて、55分の講演となり、ワークの時間は残りの30分となりました。当日配布の年表は協議会の年表をベースに私風につくり直したシートを3枚配布。各自の年代で記入できそうな10年をまず埋める事にしてもらいました。

*70代後半から80代の方ばかりで、西暦と和暦の対応がつかない。
*10代を記入したいが、10歳は何年だったか分からない。
*間違いなく作りたいので、家に帰って資料を紐解きながら正確に作りたい。
*小学校入学は何歳、何年か分からない。早生まれの人と変わりますよと説明すると余計に混乱し、私は何年だったとか周りでの雑談が始まる。
*年齢や年度は記入したが、その他の欄に埋めるイベントや情報がまるで何も浮かんでこない。 等々

それでも皆さんの意見としては、自分史づくりに年表は絶対必要だから家に帰ってしっかりと完成させますとのコメントを得ました。この日の反省は各自好きな年代で作った事です。認定講座でも年齢欄、西暦年度欄の記入で困惑する方もおられる現状から、特に今回の様なご年齢の方々に対しては各欄を皆で一緒に埋めるなどの配慮が必要だと感じました。

第3回目:9月25日(火)

この日は台風24号からの雨雲が日本列島全体を覆い朝から雨、時折激しく降る中6名(女性5名、男性1名)の方に参加いただきました。ご年配の方々にとって雨の中外出する事が大変であるにも関わらず参加して頂いた方々に感謝です。
またこの日の朝突然に某ケーブルTV局がローカルニュースで流したいと取材要望があり受ける事となったのです。
取材は限定された予算で作るローカルニュースらしく、下請け会社の社員さんが一人でビデオカメラを担いで現れました。
講座内容は“人生の振り返り”で、ワークは“私の自分史”の作成です。
ワークシートは、人生の期ごとの思い出のできごと、振り返り、そしてその時期にお世話になった人への感謝の気持ちを綴るシートで、終活カウンセラーとして使うエンディングノートの一部を私なりにアレンジしたものです。
TVカメラが回る中、皆さんほとんど意識することなく説明とワークに取組んでいただきました。また今回はワークの時間を十分に確保したかったので、30分の説明と、1時間のワークとしました。

*半分の3名の方が黙々とワークに取組み、2枚ほどのシートにしっかりと書き込み、特に今では忘れていた人々への感謝の気持ちを振り返る事が出来て良かったとコメントしていただきました。
*残りの3名の方は写真を見せ合ったりして、思い出を語る時間となりました。
*総じてこの講座で、自分史づくりをどこから手をつけたら良いのか分からなかったけれど、光明を得たとの評価をいただきました。

最後には何名かへのインタビュー、もちろん私もインタビューを受けて、3回シリーズの講座は終了となりました。
反省点は取材・インタビューへの対応準備が十分でなかった事です。いきなりカメラを真横に構えてマイクを向けられると一回ではうまくしゃべれないものだという経験をし、そんな場合は撮りなおしをしてもらえば良かったと後で気付きました。
取材終了後TV局に当日のビデオをDVDで送付していただくように依頼し、その後メールで必ず送りますとの確認をいただいています。

第4回目:10月2日(火)

この日は希望者のみによるおしゃべりの会とさせていただきました。
参加は86歳と77歳の皆勤賞の女性お二人、もう一名の女性希望者は体調不良で参加できないとの連絡が入りました。
お二人は戦争時の疎開のお話で盛り上がり、お一人は未就学の3~4歳。家族での田舎の生活のお話、もうお一人は周りがモンペにも関わらず、スカートで学校に行きいじめられたお話などを伺いました。
終戦時に小学生だった方は、昭和天皇の詔勅の意味も理解できたし、今でも8月になると思いだすと語りました。
さて自分史をどうしますかとの問いかけに、まずは今回の講座で学んだことをベースに、ご自身の経験したことを書いて遺したいとお二人ともに述べられました。

アドバイザー認定講座やフェスティバルなどでの講座講師を経験して来ましたが、平均年齢70代後半の先輩方への自作講座は今回が初めてでした。
区主催の無料講座とあって、何のオブリゲーションもない自由参加。講師が気に入らなければ自然と出席率は下がります。体調・天候不良も出席率に影響する厳しい条件の中で、6名の方が予定の第3回まで参加して頂けた事に感謝すべきだと思います。
私の活動の軸を自分と同年代の団塊世代を対象とした“いき方の研究”と決めたところなので、今回の講座はこれからの活動にとっての貴重な体験となりました。
M区様、A福祉施設様、ご担当のK様と自分史活用推進協議会に感謝いたします。

以上

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