100年後の家族へ届ける「心の自画像」―ゴッホ展と記録の力
昨日、愛知県美術館で開催されている「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」を訪れました。そこで目にしたのは、単なる天才画家の回顧展ではなく、愛と執念によって紡がれた壮大な「家族の記録」の物語でした。
展示のメインビジュアルである《画家としての自画像》は、自信と色彩に満ちあふれています。しかし、この輝かしい作品が今ここにあるのは、一人の女性の存在があったからです。それは、ゴッホを支え続けた弟テオの妻、ヨー(ヨハンナ)です。テオの死後、膨大な作品と手紙を引き継いだ彼女は、絶望の中で「フィンセントの芸術を世に知らしめる」という使命を見出しました。会場で特に私の心を打ったのは、彼女が書き残した「会計簿」の現物です。そこには、いつ、誰に、どの作品を売却したかが克明に記録されていました。この緻密な記録があったからこそ、作品の行方を辿ることができ、100年以上経った今の私たちが、日本に居ながらにしてゴッホの情熱に触れることができるのです。
ゴッホは画業の初期、ミレーのような農民画家を目指し、暗く古風な絵を描いていました。その後、パリで印象派に出会い、わずか二年ほどで明るい色彩と荒い筆遣いという独自の表現を確立します。彼はテオへの手紙に「100年後の人々に響く絵を描きたい」と書き残していましたが、その夢を現実のものにしたのは、まさに家族が残した「記録のバトン」でした。
この「記録の力」は、私が現在取り組んでいる「自分史」の活動とも深く共鳴します。先日、お義父様のお部屋を訪ねた際、彼は2021年に書かれた2000文字程度の原稿を大切に用意してくださっていました 。それは疎開先での生活を綴ったもので、これまで知らなかった家族のルーツや、尊敬するお姉様との思い出など、貴重な記憶が鮮やかに蘇る瞬間でした 。お義父様は、自分史をまとめる理由を「一緒に生きた皆さんに感謝を伝えたい」と仰っています 。その願いを形にしようとする姿は、ゴッホの情熱を会計簿に託して守り抜いたヨーの姿と重なって見えました。
展示の最後を飾る没入型映像では、《花咲くアーモンドの木の枝》の美しい花びらが壁一面に舞っていました。家族の再生を願って描かれたというその枝は、今も揺るぎない輝きを放っています。自分史もまた、個人の記録に留まらず、次の世代へと繋がるバトンです。特別な才能がなくとも、遺したい想いを書き留め、それを誰かが受け取る。その積み重ねが、いつか誰かの100年後の力になるのだと、改めて確信した一日でした。


