朝ドラ『ばけばけ』を見ながら「方言で書く自分史」を考えてみた
朝ドラ『ばけばけ』の舞台が、島根県の松江から熊本に移る。毎朝、「してごしなさい」「そげです」「あげです」という出雲弁が、熊本へ行くとどうなるのか、今から楽しみでわくわくしている。出雲弁は、「あれそれこれ」を「あげそげこげ」と言うので、朝ドラを見終わったあと「あげです」「そげです」「こげです」と、げ・げ・げの音が頭の中から離れない。
これにヘブンさんの「する・ない」とか「行く・ない」といった不思議な日本語が飛び交う。これがまたリズムがいいので普通の日本語が出てこなくなり、「ワタシ日本語、ダイジョウブ?」「フツーの日本語、どうですか?」状態になる。
もともと私は岡山生まれの岡山育ち。「あねーなこと」「そねーなこと」「こねーなこと」と言って大きくなったので、何の違和感もなく方言の世界に引き戻されるのかもしれない。
岡山で肥料商を営む従兄のところに長野生まれの女性が嫁いできた。ところが岡山弁がよくわからないという。「なんきんてーてーてん、てどういうこと?」と聞かれた。それは「カボチャを炊いといて」ということなのだけれど彼女、「てーてーてん」と言われたとたん文字通り目が点になったらしい。
肥料商だから農家さんからの電話もよく受ける。農家さんが電話で「ひーはくれるしみゃーはめえんしじゃ。どけーおいたんかなー」と聞いてきたという。もうすぐ日が暮れて物が見えなくなりそうなのだが畑のどこに肥料を置いたのかと、聞いてきたのだった。それが「ひゃーひゃーみゃーみゃーと言っているとしか聞こえなくて」と彼女が言うので大笑いとなった。
岡山を離れて50年以上経つ私は日常ではもう岡山弁を使うことはなくなった。けれども、根っこにはそれが残っていて岡山に帰ると自然にお国言葉になる。岡山弁を使うとゆっくりと湯につかるように心がほどけてゆく。だから岡山の経営者の自分史をつくったときも、あたりまえのように、ここぞという場面は岡山弁にした。若き経営者の切羽詰まった心情を伝えるには本人が語る言葉をできるだけ忠実に再現することが大事だと思ったからだ。
というわけで『やらにゃいけんじゃろ』(岡﨑浩著・河野初江編集)には、幾度となく岡山弁が登場する。「なんとかせんといかん」「わしがやってやらあ!」「人は相手によって鬼にも仏にもなるんじゃ」「道はつながっとるんでいつか着くわ」「同情したんかな、すげえな、こいつとなった」「こんなもんができたらわしら逆立ちしたる」「大気圏におったらおえん。成層圏まで行くんじゃ!」
こうして誕生した若き経営者が挑んだ起死回生のものがたり、『やらにゃいけんじゃろ』は、社員だけでなく地域を超えて多くの同業者や関係者に読まれることになった。地域に根差す言葉の力強さ、奥深をこれからも大事にしながら自分史を制作していこうと思う。


