「散歩自分史」のすすめ(前編)

一般社団法人自分史活用推進協議会理事 河出岩夫

1,はじめに

「自分史」と他の言葉をつないでみると、時にわくわくするような世界が広がることがある。たとえば、「散歩」と「自分史」を組み合わせた「散歩自分史」という言葉。この造語は自分史編集者の前田義寛さんが名づけたものだ。なるほど、町歩きと自身の思い出が混ざり合い、新たな視点が生まれたり、自己表現の幅が広がりそうな魅力がある。
しかし、この造語を生み出した前田さんは、昨年(2023年)10月に87歳で逝去された。私は前田さんの散歩自分史に何度か同行したことがあり、この造語のもたらす小さな灯火を消してしまうのは惜しいと感じている。
そこで前田さんの遺された「散歩自分史」の醍醐味について僭越ながら考えてみたいと思うに至った。

2,「散歩自分史」とは何か

「散歩自分史」が生まれた背景には、2020年のコロナ感染拡大の影響がある。他者との接触は自粛しなければいけないが、かといって家に引きこもっているばかりでは気持ちが滅入ってしまう。そうした環境下で、単身での町歩きであれば誰に迷惑をかけることもない。もちろん単なる散歩だけでも十分だろうが、そこは自分史編集者の前田さんである。散歩という行為の中に自身の人生を織り込むところに新たな面白みを見出されのだ。
前田さんはまずは自宅の近所を歩くところから散歩自分史をスタートさせた。地元の小さな公園や広場、駅前や商店街にも、何らかの思い出を見つけることができるからだ。つまり散歩自分史には、近所の町歩きからはじめられる気軽さがある。
徐々に行動範囲を広げてみよう。これは「思い出の場所巡り」といってもいい。生まれ故郷や母校、昔勤めていた職場、デートした場所…変わりゆく町並みを歩きながら当時の面影を探してみるのも面白い。それを写真に収め、散歩記録を文章にしたためれば、それは立派な散歩自分史である。前田さんはSNSで、自身の散歩自分史を投稿しておられた。
以上のように「訪れた場所と思い出をひもづけること」が、散歩自分史の土台といえる。

3,思い出の種まき

では、初めて訪れる場所でも散歩自分史になるだろうか。
前述の「訪れた場所と思い出をひもづけること」ができれば、それは散歩自分史と解釈してかまわないと私は考える。初めて訪れた地でも、そこに懐かしさを感じることはある。昭和の下町を彷彿させるような人情味ある商店街などを歩けば、幼い頃に母親に連れられ、買い物に行った記憶が鮮やかによみがえるかもしれない。訪れた場所を通じて自身の記憶が喚起されれば、そこに自分史としての意味が生まれる。そうとらえれば、初めて訪れる場所でも散歩自分史の面白みは見出せる。
もうひとつ、初めて訪れた場所が散歩自分史になり得る理由について書き加えておきたい。
それは前田さんに散歩自分史に誘われたときのこと。2021年の3月下旬。まだ桜が二分咲きの頃、同じく自分史仲間の野見山さんと私と3人で久里浜の町を歩いたことがある。海軍工作学校跡やペリー公園など史跡を巡りながら、ふと疑問に思ったことがある。これは散歩自分史ではなく、歴史散歩ではないのかと。そこで前田さんに尋ねてみると、「いえ、これも散歩自分史のひとつですよ」と笑顔で答えられた。しかし、その根拠までは明確には分からなかった。

あれから時が過ぎ、前田さんが他界された今、私にとって久里浜という場所は前田さんと歩いた思い出の地となった。「これも散歩自分史のひとつですよ」と仰った意味を、私は「散歩したことが、いつか思い出になる」と逆転的にとらえてみることにした。そう考えてみると、初めて訪れた場所は散歩自分史の準備段階、「思い出の種まき」と言えるのかもしれない。であるならば、訪れた場所と積極的に関わったほうがより思い出が深くなるというものだ。(後編へつづく)

※「散歩自分史のすすめ」(後編)では、「思い出の種まき」の実践法と、散歩自分史の奥深さについて考えた。