【シネマで振り返り 73】初めて手紙を書いた時のピュアな気持ち、覚えていますか? …… 「恋文日和」

自分史活用アドバイザー 桑島まさき

年賀状の準備をしなくては……と思った時、ふと頭をよぎった日本映画。2004年12月に公開された「恋文日和」は、人気マンガ家ジョージ朝倉の原作で、これからの日本映画界を担うであろう新人監督たちがメガホンをとった「恋文」をテーマにした4つの物語だ。
構成は実に凝っていて、物語がふっと消え次へと移行する。画面分轄法、意中の人が表れるときのスローテンポで大仰な音楽など極めてマンガ的な演出も(当時としては)好感がもてたのを覚えている。

演出の清冽さは数多くある。顔もしらない文通相手に、学園の屋上から紙ヒコーキが詩的に飛んできたり(「あたしをしらないキミへ」)、制服姿のまま少年少女がお風呂に入ったり(「雪に咲く花」)、死んだ兄の愛した中国女が、アパートの2階からハンカチを繋ぎ合わせて死んだ兄の荷物を届けたり(「イカロスの恋人たち」)……と。ティーンエイジャー向けの原作だからといえばそれまでだが、未来より過去の方が長くなった(?)私だってこういうシーンは胸がキューンとなる。女子の多くは年齢を重ねても心のどこかでロマンチックな出来事や非日常の時間に憧れているものなのだ。

EメールやSNSなどの普及に伴い手紙を書く機会が減ったようだ。「手紙を書く→封筒に入れる→切手をはる→ポストに投函する」という一連の作業に変わり、「メールをうつ→送信する→完了」という簡素化されたツールの利便性はあげるまでもない。しかし便利さばかり求める現代人は、簡略化された通信手段を通してトラブルが頻発していることも知っている。手紙は書いてもポストに投函するまでに時間がある。この時間によって人々は「この手紙をだすことによって生じる可能性や影響」を考えることができる。投函する準備はできたが、「やっぱ、やめたー!」と考え直すこともあるのはたしかだ。
「入力→送信」という簡単な方法に頼ってばかりいると、感情の赴くままに書いたため受取人を不快な気持ちにさせたり、読解力欠如のために読み違いをしたり、といった失敗が多いことをよく耳にする。
作中、少年も少女も皆、手紙を一生懸命に書いている。稚拙な字だったり丸っこいかわいい字だったりするそれらの文字は、面とむかってはいえない彼らの心を代弁し、傍目にはわからない一面を教えてくれる。私の周囲にはオジサンになった今でも初恋の女からもらった手紙を大事にもっているというウブな友人がいるが、作中の男の子たちもそうするのだろうか?
一連の作品に共通するのは<男の純情>だ。少女たちも充分初々しいが、<少女>から<女>に変わるまでに、恐らく現実的な彼女たちは手紙を処分するのではないだろうか。

それを裏付けしているのが3作をブリッジする「便せん日和」。大倉孝二演じる「てがみ屋」の主任は社会人になった今も、毎週店にくる清楚な美女をみるだけで胸がドキドキし体ががちがちになってしまう。「手紙は書くより出すほうが難しい」というぐらいだから、何通もしたためていると推測できる。彼を思う部下の主人公(中越典子)に片思いを見抜かれ相談までする始末。所詮ムリと思う相手には告白すらできず見ているだけでいい、という男の本音は、傷つくのが恐いから。男はめめしく泣いたりしてはいけないという生まれた時から刷り込まれた<男らしさの信仰>所以なのだ。
初めて手紙を書いたときのピュアな気持ちを思い起こさせてくれる珠玉の愛すべき作品たち……。この作品を鑑賞した後、苦手な年賀状作りに精を出したことを思い出した。さぁ~心を込めて年賀状を書くとしよう!

※ 「恋文日和」(2004年12月4日公開)
恋文日和 : 作品情報 – 映画.com

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