【シネマで振り返り 69】誰かを愛するために生まれてきた …… 「愛されるために、ここにいる」

自分史活用アドバイザー 桑島まさき

ジャン=クロード(「読書する女」のパトリック・シェネ)は妻子と別れ、一人で暮らす中年男。父親から引き継いだ執行官の仕事は好きになれないが生きるためにズルズルとこなし、父がそうしたように自分も息子に同じ仕事を継がせようとしている。情にほだされていては執行官の仕事は務まらないので心を鬼にして、社会的弱者の人々に接するしかないと諦め、週末は老人ホームにいる父親に義務的に会いにいく。
老親は文句ばかりつけるが、ジャン=クロードはグッとガマンするイイ人だ。単調な毎日を繰り返し、気がつくと50歳を過ぎ、愛する人もなく、自分で買い物をし料理をする。そんな彼の最近の楽しみはオフィスの窓からみえるタンゴ教室の様子をみて真似して踊ることぐらい。人生をやり直せたら……という気持ちはあるが一歩踏み出せないでいる、気まじめで臆病な疲れた中年オヤジ。
そこへ、女神がチャンスを運んでくる。思い切ってタンゴ教室に入り、フランソワーズ(アンヌ・コンシニ)という美しい女性と知り合いになり、教室に通うことになる。タンゴ教室というスパイスが加わったことにより、平凡な毎日が変わってくるのだが……。

パッとしない中年男が主人公の映画よりワクワク楽しめるエンターテインメントを観る方がいい、なんて思っている人も、いつしか本作の主人公ジャン=クロードに寄り添いつつ、「がんばれよ~!」と声をかけてあげたくなっている自分に気づく。もの悲しく魅惑的なタンゴの調べに誘われて、中年オヤジと美しく心優しい若い女の恋の行方を見届けたくなる。そんな映画だ。

恋愛感情を抱く男女の繊細な心の襞、無駄な言葉を喋らせずタンゴを踊る2人の間に芽生える情熱、接近する距離や息づかいなどを、絶妙の間をとり格調高く描いてゆく。
人生のエアポケットにはまりこんだ中年男がダンス教室に通い……となると、日米両国で製作された「SHALL WE DANCE?」が思い浮かぶが、主演の役所広司もリチャード・ギアも元々はイイ男だから人生に疲れた男のフリをしてもさほどの悲哀は感じられなかったが、本作のジャン=クロードのようなサエない(だが紳士的で好感がもてる)オヤジを主人公にした「ダメ男の人生やり直し物語」にして、これほどの感情移入ができるのは、やはり恋愛映画の伝統をもつフランス映画の底力だろう。

生きてゆくためには誰かに愛され、その確かな愛を実感できることが活力になるものだが、〈愛されないこと〉を恐れず、結果がどうであれ一歩を踏み出し愛する人に思いを伝える勇気が必要なことを、見ていてもどかしいぐらいに不器用な男を通して教えてくれる。人は一人で生きていけないのだから、誰かを〈愛するため〉にここにいるものなのだ。
その愛にどう決着をつけるかは、人それぞれだ。人生はいつでもやり直せる!

※「愛されるために、ここにいる」(2006年12月16日 日本公開)
愛されるために、ここにいる : 作品情報 – 映画.com

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