【シネマで振り返り 64】突き破れ、たったひとつの愛のために! …… 「パッチギ!」

自分史活用アドバイザー 桑島まさき

2005年1月公開の井筒和幸監督の「パッチギ!」は、高校生の主人公の初恋、在日朝鮮人の彼女との超えられない障壁、熱い友情、大人や社会への不満や矛盾――熱いエネルギーを暴力に変え突き進んでく若者たちのハチャメチャだが純粋かつ一途な暴走を、京都を舞台に描く青春群像エンターテインメントだ。現在大活躍中の女優・沢尻エリカや真木よう子が頭角を現すきっかけとなった作品だ。
ちなみにタイトルの「パッチギ」とは、「突き破る、乗り越える」という意味をもつハングル語だそうだが、しっくりハマっていてイイ。

1968年という混沌とした時代のレトロ感がたっぷり楽しめる本作、若者たちは壮絶なケンカばかりしている。のっけから当時、一世風靡したグループサウンズ、オックスのソックリさんによるライブパフォーマンスが楽しめるかと思うと、「11PM」「てなもんや三度笠」「三匹の侍」など<あの頃>を知っている者なら思わず懐かしくなるモノが次々に登場しタイムスリップさせてくれる。
映画化のきっかけは松山猛の小説「少年Mのイムジン河」だが、この「イムジン河」は、当時活躍したザ・フォーク・クルセダーズ(略称;フォークル)が歌ったもので、諸事情で放送禁止歌となったことはご存じだろう。本作ではフォークルの代表作「悲しくてやりきれない」が、劇中の若者たちの思うようにならない現実やモヤモヤとした気持ちを音楽が導くかのように使われている。

1968年、京都。府立高校2年生の主人公、松山康介(塩谷瞬)は仲間の紀男と暇を持て余し、頭の中は女の子だけ、どうしたらモテるかだけを常に考えている。
康介たちは、その頃、街で恐れられていた朝鮮高校(朝高)の番長アンソン率いる朝高と、修学旅行で京都を訪れていた九州の高校が衝突し乱闘になるのに巻き込まれてしまう。そうでなくても朝高は康介の高校の空手部と争いを繰り返していた。
同じ京都に住む高校生同士なのに、何故仲良くなれないのか? そんな折、康介は担任の先生に朝高と仲良くするためにサッカーの親善試合を申し込む役目を言い渡される。コワ~イ朝高へおずおずと訪ねる康介と紀男。そこで、康介は校内に響き渡る美しいフルートの調べに誘われて、たちまち「初恋」と出会う。すぐに相手は、なんと康介たちが恐れる朝高の番長アンソンの妹で、キョンジャ(沢尻エリカ)だとわかるのだが……。

康介は、キョンジャと親しくなるために韓国語を習い、彼女に電話をする。ひとめ惚れの相手が吹いていた曲が南北に分断された朝鮮の人々の悲しみを歌った歌「イムジン河」だとわかり、その楽曲の由来を知り自分で演奏できるように練習する。この純粋さ、ときめく初恋。キョンジャも康介の誠実な人柄にふれ次第に親しくなっていくのだが……。

好きあう若い男女の間に民族という河は存在するのか?
障害は超えられないのか?
過去をしらない若者は「超えられる」といとも容易く言うだろうが、在日朝鮮人の老人は、かつて自分たちがどれほどの仕打ちを受けたかを粛々と語り、反日感情はいまもくすぶっていることを告げる。業界の「ご意見番」井筒監督、エンターテインメントの中にもきっちり社会的発言を盛り込んでいる。
無力ながらも現在を懸命に生きる若者たちはそれぞれの抱える問題をどう切り抜けるのか……。
~♪ 悲しくて 悲しくて とてもやりきれない~♪
~♪ この限りない むなしさの 救いは ないだろうか~♪

フォークルは代表曲「悲しくてやりきれない」(2番)でこう歌ったが、本作に登場する若者たちの明日は希望に満ちている。<やるせないモヤモヤ>も<限りないむなしさ>も<このもえたぎる苦しさ>もすべて沈静化させ、明日への希望に満ちていて救いがある。出演陣も豪華で文句ナシにお薦めしたい。

※「パッチギ!」(2005年1月22日 日本公開)
パッチギ! : 作品情報 – 映画.com

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