【シネマで振り返り 63】律儀で一本気なグランパの放つ人間愛の精神 ……「わたしのグランパ」

自分史活用アドバイザー 桑島まさき

日本映画界の重鎮、故・深作欣ニ監督(2003年1月没)が亡くなられた時、深作作品の常連であり親友でもあったベテラン俳優の故・菅原文太さん(2014年没)が最期を看取ったとしてコメントを求められていた。連日のように流される巨匠の死の報道を目の当たりにして、中学生の頃、故郷の繁華街にあった映画館の前を通る時にチラリと見てワクワクした高揚感、未知の世界への好奇心、ものものしい映画看板、鶴田浩二、高倉健、菅原文太といった当時の東映スターの大きな写真の数々がフラッシュバックされたものだ。
菅原文太さんは人気シリーズ「仁義なき戦い」「新・仁義なき戦い」では、荒ぶる心を漲らせ体当りで戦いを挑んでいくヤクザを演じた。ティーンエイジャーだった私が、学校で「菅原文ちゃん(当時はなれなれしく、こう呼んでいた!)はカッコいい!」と言うと、あの頃の友人たちは目を丸くして驚いたものである。

今回ご紹介するのは、任侠映画のスターだった菅原文太さんの老年の出演作、2003年の作品「わたしのグランパ」という作品。現在、人気女優として多方面で活躍する石原さとみのグランパ役として出演し、実にダンディーで粋なオジイチャンを演じておられる。内面的にはこれまで菅原文太という役者がヤクザ映画で演じてきたように義理がたく人が目を背けてしまうことを率先して引き受け、真っ直ぐに生きる男。覇気をなくした男たちに手本にしてほしいカッコいい男の役だ。

原作は筒井康隆の同名小説。筒井は本作で第51回読売文学賞小説賞を受賞している。監督は寡作ながら撮る作品のほとんどが栄誉ある賞を受賞している東陽一。原作者も文学者として数々の賞を受賞しているだけに、役者、原作者、監督それぞれの分野のベテランによるコラボレーションだ。
物語は南米に行ったと聞かされていた祖父の五代謙三(菅原文太)が13年ぶりに主人公である孫の珠子(石原さとみ)の家に帰ってくるところから始まる。珠子が生まれた時、祖父は刑務所に入ったわけだから珠子は謙三の顔をしらない。初対面でぎこちない挨拶を交わす謙三と珠子。祖父の帰省によって、家族や町に波紋が生じるが、珠子は次第に謙三の<誰からも愛される>理由を理解して打ち解けていくのだった……。

物語は単なる老人と孫娘の心の触れあい物語では終わらない。謙三が刑務所に入る契機となった事件をめぐりヤクザが介入し劇画の世界のような事件へと進展していくあたりはいかにも筒井作品らしく、ファンタジーの要素もあればアクション色も濃い。謙三が単身ヤクザにぶつかっていく過去の事件のシーンは、往年の東映映画の名場面を彷彿とさせ見ごたえ充分だ。
何といっても本作は菅原文太さんの魅力に尽きる。出演当時70歳の白髪頭のスターはかつての男臭い荒っぽさに知的なイメージを加味し懐の深さを広げたようで、余裕ある演技で楽しんでいるかのようだ。珠子を高級ホテルの夜会に連れ出し、シンデレラよろしく演出する洒落者。残念ながらグランパと御縁がなかった私は羨ましい限りだ。

誰にでも自分に多大な影響を与えた人がいる。13歳の珠子にとって、それはグランパ。私にとっては、菅原文太さん(すっかりハマってしまった!)。人間関係の希薄な現在だからこそ、律儀で一本気なグランパの放つ人間愛の精神は、新鮮で心の琴線を響かせるのだろう。
「仁義なき戦い」とはガラリと雰囲気が違うコメディ映画「トラック野郎」シリーズ(1975年~1979年)では、直情型のケンカ大好き勘違い男で、惚れっぽいがフラれてばかりいるお茶目で面倒見のいい星桃次郎(一番星)を演じ元気を与えてくれる。思いっきり笑いたい時はこのシリーズを鑑賞することをお薦めする。

※ 「わたしのグランパ」(2003年4月5日 日本公開)
わたしのグランパ : 作品情報 – 映画.com

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