【シネマで振り返り 60】仄暗い海の底へ消えた大和とその男たちの物語 …… 「男たちの大和 YAMATO」

自分史活用アドバイザー 桑島まさき

2005年12月に公開された戦争映画「男たちの大和 YAMATO」は、戦後60年の節目の公開となった。人類の犯した最大の罪・戦争の悲惨さを忘れないように、悲劇を繰り返さないように、無念にも散っていった多くの方たちの尊い生命を無駄にしないように、と願いつつ「戦争」がイベント化されても、悲しいことに人の関心はすぐに他へ移ってしまう。戦争を知らない世代が政治・経済を動かす時代になると、又あの悲劇が……と危惧するのは戦争を知る世代の方たちだけだろうか。
私は戦争を知らない。だが、戦争に参加した義父や戦争体験者の両親を通して、それがいかにこの世の地獄であったかを聞かされて知っている。だから語り継ぐことで、戦争が二度と起きない世の中にすることはできる。

戦争を知らない方たちでも「大和 YAMATO」の名前ぐらいは知っているだろう。開戦当時、優勢だった大日本帝国の威信をかけて極秘裏に広島県呉市の海軍工廠(こうしょう)で建造され、当時の日本の技術と知恵の結集とされた“世界最大にして最強”と評された日本軍の誇るべき戦艦だ。完成されたのが1941年(昭和16年)。無惨にも大敗し東シナ海に沈められたのが、終戦の年の1945年(昭和20年)4月7日だ。巨額の金と軍と国家の名誉のために建造されたにもかかわらず、大和はたいした活躍はできなかった。なぜなら、時代は既に飛行機による戦術へとシフトしていたからだ。どんなに大和が敵を威圧するような無敵の存在にみえようが、上から下に攻撃をかける方が絶対的に有利だし、巨体は逃げるのもひと苦労だ。本作の山場となるリアルな戦闘シーンは、それが一目瞭然だ。

しかし、大和は戦わなければならなかった。上層部が決定し、無謀な命令を受けた大和の男たちは、負けることをわかりながらも戦わなければならなかったのだ。国家のために美しく命を捧げることを義務付けられたのだ。見捨てられたといっても過言ではないのに、美しく散ることを強いられた男たち。一瞬にして海の底に沈んだ3千余人の男たちの死は様々だ。国家や愛する人を守るため潔く死を決意した者、怖気づき逃げ出したくなった者、納得できないまま戦死した者……。無駄死か栄誉な死かと議論するより、彼らの真の物語を知り、その死を正当に受け止めるべきだろう。

原作は作家・辺見じゅんの「男たちの大和」。監督・脚本は、昭和の名作「新幹線大爆破」「人間の証明」などスケールの大きい社会派大作を手がけてきた佐藤純彌。音楽は、久石譲が担当。キャストも錚々たるメンバーだ。反町隆史、中村獅童、山田純大を主軸に、大和の男たちに、渡哲也、奥田瑛二、勝野洋などのベテランを配し、大和の物語を現代に伝える人物として、仲代達矢、鈴木京香が登場する。

大和の悲劇性が強調されるのは、特攻隊同様に純粋に国家を思い戦争に参加した特別年少兵たちの存在が大きい。多感な時期に戦争を知り、参加し、愛する家族とはなれて無念にも短い生命を終えねばならなかった彼らの青春。ある者は死に、ある者は生き残った。生き残った神尾(老人:仲代達矢/少年:松山ケンイチ)は、死ななかったことを恥じ十字架を背負ったまま、鹿児島県枕崎の漁港で過去を封印したまま生きることになる。
生きるのは死ぬ以上に苦しい。軍規に反して死ぬ覚悟で参戦したが生き残った内田(中村獅童)は自分の骨を大和の仲間たちの眠る海へ散骨して欲しいと娘(鈴木京香)に託す。
その娘は偶然にも散骨のために神尾に船をだして欲しいと依頼する。まるで大和の男たちが導いたかのように。内田は若い神尾を生きるように説得した男だ。辛い生を引き受けた2人が北緯30度43分、東経128度4分へと向かう……。

内田は苦しい生を全うしてようやく仲間の元へ帰っていく。そして神尾は内田との<再会>によって過去と決別をする。神尾と内田にとって、ようやく苦しい昭和は終わったのだ。生きても死んでも深い傷跡を残す戦争。昭和を知らない平成生まれの幼い乗組員・敦少年は、老人の話をきき先の時代の深い哀しみを知る。そして平和な時代は僕がつくってみせる!といわんばかりに小さな手で舵をとり、老人を陸へと運んでゆく。大和の生き残り、神尾は役目を充分に果たしたのだ。
多くの若い世代の人々に観て感じて欲しい。深く暗い海の底へ消えた大和とその男たちの物語を……。

※「男たちの大和 YAMATO」(2005年12月17日 公開)
男たちの大和 YAMATO : 作品情報 – 映画.com

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