【シネマで振り返り 59】地獄を生き抜いたピアニストの戦争 …… 「戦場のピアニスト」

自分史活用アドバイザー 桑島まさき

長い映画監督歴を誇るポーランドの巨匠、R・ポランスキーが長い映画人生の中でもひときわ思い入れの深い作品「戦場のピアニスト」を撮ったのは2002年(日本初公開は2003年)。同作品で彼はカンヌ映画祭で栄光を手にした。S・スピルバーグ監督が入魂の作「シンドラーのリスト」(1994年2月日本公開)を撮ったように。
2人に共通するのはユダヤ人であること。そのために苦渋に満ちた体験や記憶を自身や先祖が抱えている。自らのルーツを描くことは痛みの再現だ。だからポランスキー監督にとって、クラクフのゲットーで過ごしたホロコースト・サバイバルを描くのは、長い時間を待たねばならなかった。

地理的な不運をもったため、常に大国の思惑に翻弄され占領の憂き目にあってきたポーランド……。
美しいピアノの旋律にのってモノクロの風景が映し出される導入部、1939年。すぐに映像はカラーへと変わる。これから終戦の1945年までポーランドが背負った苦渋の歴史を知らない人はいないだろう。銃弾の飛び交う戦場よりもむごたらしく、海綿に水がじわじわと沁みていくように、無差別な殺人がユダヤ人の日常を侵食していった地獄の日々が慄然と描かれる。

地獄の体験から生き残り回想録を書いたポーランドの高名なピアニストであるウワディスワフ・シュピルマンの実話を基にした本作は、ポランスキー監督の忘れ難い記憶に忠実に再現されている。
家族の中で唯一収容所行きを免れたシュピルマン(エイドリアン・ブロディ)は、死の町を逃げ回り隠れ家で飢餓と孤独に耐えながら生き延びる。希望のない日常、死の匂いが充満する空間、しかし彼は、愛する音楽を思い出しながらイメージを膨らませ、恐怖と対峙し希望を持ち続けるように努力した。
ワルシャワ・ゲットーとナチスドイツとの壮絶な闘いを通し、敗れても賛辞に値する誇り高き抵抗が描かれる。凄惨な戦争映画を感動的にしているのは、シュピルマンの命を救ったナチスのホーゼンフェルト大尉(トーマス・クレッチマン)の存在だ。

大尉の登場の仕方は、実に心憎い! 見つかって怯えるシュピルマンに大尉は、何か弾くようにと言う。緊張の時間が流れる。ピアニストは演奏する。大尉は静かに聞き入る。それから、彼はピアニストの隠れ家を聞き、食料を運び、「もうすぐ戦争が終わるからがまんするように」と彼を励まし希望を与える。
「あなたにどう感謝すればいいか」
「神に感謝しろ、生きるも死ぬも神の御意志だ」
という会話が2人の間で交わされる。
大尉は音楽好きな芸術を愛する男だったのか? もしもピアニストでなかったらシュピルマンの人生はここで終わっていたのだろうか?
いや、そんなことはどうでもいい。同情するフリをして同胞人の裏切りがあった一方で、リスクを承知でユダヤ人を助けた心あるドイツ人も確かに存在したのだから。
だが、戦争が終わりナチスの非人道的行為の数々が裁かれた時、今度は大尉の命が危険に晒される。しかし、シュピルマンは恩を返すことはできない。無力だ。シュピルマン役を演じたエイドリアン・ブロディは、神しか分りえない運命の絶対性の前になす術もなく右往左往するしかない人間の卑小さを、無力感と悲壮感を湛えた目による演技で好演している。

戦争は人を狂気に走らせるものだが、正気を失わず人の道を生きた人間が存在したことに救いを感じたい。「戦場のピアニスト」が私たちに与えるメッセージは、戦争は避けることができるということだ。本作は、戦後70年の2015年、デジタルリマスター版で日本国内においてリバイバル公開されている。何度でも鑑賞し、戦争の真実を知り、語り継いで欲しい。

※「戦場のピアニスト」(2003年2月15日公開)
戦場のピアニスト : 作品情報 – 映画.com

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