【シネマで振り返り 55】忘れずに、語り継ぎ、残していきたい思い …… 「赤い鯨と白い蛇」

自分史活用アドバイザー 桑島まさき

今年は「6月の梅雨明け」となった。梅雨が苦手な人には嬉しいが、年々、世界規模で地球温暖化による異常気象がおき、日本は独特の季節の変化を楽しめる「四季」がなくなりそうで不安を覚える。このままだと、「四季」と言われてもピンとこない方たちが増えるのではないだろうか?
さて、今回ご紹介する「赤い鯨と白い蛇」は、2006年11月に劇場公開された作品で、静謐な中に女たちの繊細な感情や大切な者へのかけがえのない思いが溢れる、古風な作風の女性向け映画だ。

75歳になる保江(香川京子)は認知症気味。千倉にすむ息子夫婦の家で暮らすことになり、孫娘の明美と電車を乗り継ぎ千倉に向かう途中、戦時中に疎開していた家に寄ってみたいという気になり、2人は館山で途中下車しその家を訪れる。
古くて威厳のある茅葺き屋根の広い田舎の家。すぐにこの家の住人である光子(浅田美代子)が現れ、古いこの家を取り壊し立て直すために、自分と娘の2人は近くの家に引っ越したのだという。急ぐ旅ではないので、空き家になった思い出の家に泊めさせてもらうことにした母と娘。光子は快く承知しあれこれ世話をやいてくれる。
そこへ、もう一人、かつての住人が現れる。騒々しく我がモノ顔でやってきてズケズケものを言う美土里(樹木希林)は、以前、この家を光子から借りて住んでいたらしい。遠慮のない美土里の態度に現代っ子の明美はムカつき面白くない。そんな中で持ち主の光子は皆を手厚くもてなすのだった。

かつてこの家に住んでいたという女たちが、4人。さらに、その一人の連れの女が加わり、世代・生き方・性格など全く違う女たち5人が期せずして、消えゆく運命にある家に集まる。思わず交差した女たちは、いつしかそれぞれが抱える事情を語るまでにうちとけていく……。
登場人物は5人だけ。舞台は古い家とその周辺だけという極めて限定された設定だ。
保江は遠い昔、戦争で死んでしまった好きな男との約束を忘れる恐怖に怯え、今一度思い出を確認しようとする。外界と隔絶されたようなひっそりとした田舎の広い家で、女たちの静かな日々がゆっくりと流れてゆく。

家が、迷いの最中にいる女たちを導いたのか。この家の住人たちの喜怒哀楽を見つめ続けた家は、彼女たちの現在を優しく包み込む。どの時代にもこの家に住みつき住人を守っている(た)白い蛇が、女たちにそれぞれ道しるべを示してゆく。日本人がいつしか忘れてしまったものに気づかせてくれるシーンが随所に配置されていて、ハッとさせられる。それは、その昔、先祖が語ってくれた、古の人々から語り継がれてきた知恵、慣習、伝統といった、日本人の精神世界に深く根ざしたモノだ。

そして明かされる「赤い鯨」の意味……。深い悲しみを湛えた70代の保江の話に最年少の少女が深く共感するという設定に、救われた気がするのは私だけではないだろう。
テレビドラマ演出家だったせんぼんよしこ監督が、78歳で映画にチャレンジして撮った。「今こそ伝えたい」という強い思いが、静かな語りの中に重厚なテーマを浮かび上がらせる。戦争を知らない世代が圧倒的に多くなってしまった現在こそ、「私を忘れないで欲しい」と言い残し無念に死んでいった人々の存在を語り継ぐべきだろう。

※「赤い鯨と白い蛇」(2006年11月25日 公開)
赤い鯨と白い蛇 : 作品情報 – 映画.com

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