【シネマで振り返り 50】決して忘れない ~どんなに短くはかない想い出でも~ ……「コーラス」

自分史活用アドバイザー 桑島まさき

少年時代、島に一軒だけあった小さな映画館。そこで映画技師として働く気のいい老人アルフレッドとトト少年との交流、映画への愛、初恋、友情、戦争――人生のすばらしさや運命の皮肉などを描いたイタリアの名匠ジョゼッペ・トルナトーレ監督の「ニュー・シネマ・パラダイス」(1989年)は、いまだに私にとって生涯のベストワン映画だ。
この作品で大人になったトト少年を演じたジャック・ペランは、フランスを代表する役者でありプロデューサーでもある。彼が製作及び出演した「コーラス」は、2005年4月日本公開、フランス版「ニュー・シネマ・パラダイス」だ。事実、物語の始まりは、「ニュー…」のそれとそっくりの構造になっていて、当時、ちょっと驚いたことを覚えている。

今では世界的指揮者となっているモランジュ(ジャック・ペラン)は、母の訃報を知り久し振りに故郷へ帰省する。その彼の元を訪れる懐かしい友ペピノは、モランジュが多感な時期を過ごした寄宿舎時代の友人だ。旧友は、少年時代に大きな影響を与えた“忘れられない人”の日記を渡す。その人は、クレマン先生……。
1949年、フランスの片田舎。戦後のヨーロッパはどの国も疲弊し、人々も戦争の影をひきずり生活は苦しかった。戦争の影響もあり、「池の底」と名づけられた男子ばかりの寄宿舎は、親のない子、素行に問題があり親から見捨てられた子、などが集まる<悪ガキの集団> だった。
モランジュは美しい母一人に育てられた。本当はイイ子なのに親の愛情を知らずに育った子どもたちは、不条理な世の中への憤りを反発にかえイタズラばかり繰り返す。学校側も子どもたちを教育する意志はなく、預かるだけというスタンス。校長先生に至っては、「やられたらやり返せ」と平然と口にする始末で、体罰は常態化しており、子どもたちと教師とのやりあいは延々と続いていた。
そんな時、クレマン(ジェラール・ジュニョ)という中年のサエない先生が赴任してくる。

クレマン先生は、他の先生たちと違い子どもたちを理解し愛情をもって接するように心がける。寂しいだけで本当は皆、大人の優しさに飢えているのだと直感した先生は、どんなに反抗的でもガマンし少年たちとの距離を縮めていく。
さらに、先生は少年たちに音楽のすばらしさを教える。自身も実は音楽家志望だったがなれなかっただけに音楽の効能を承知している。合唱団を結成し歌う喜びを教えていく。
何の楽しみもなく自己防衛のために大人たちを警戒していた子どもたちは、何かに一生懸命になることの意味を見出し楽しみを感じていく。学校一の問題児と黙視されていたモランジュの天使のような歌声を発見したクレマン先生は、彼の才能を活かしてあげようと努力する。頑なに心を閉ざしていたモランジュも徐々にうちとけ、その成果を発表会で見事に結実させる。音楽によって眠っていた少年たちの純粋さを引き出し、荒ぶる心をしずめ、先生と少年たちの心がひとつなった感動的な瞬間だった。
しかし、ある事件が起こり、先生は学校を去ることになるのだった……。

本作はペランの甥であるクリストフ・バラティエが監督、脚本、音楽を手がけている。映画一家に育った彼は、小さい頃から音楽を学び、同様の経験をもっているだけに脚本を長い時間かけて書きあげた。思い入れのこもった作品なのだ。
そして少年たちのコーラスは、リヨンに実存する「サン・マルク少年少女合唱団」の子どもたちが歌い、子役のモランジュを演じたジャン=バティスト・モニエは、この合唱団でソリストを務めている本物の“天使の歌声”の主だ。憂いを秘めた天使のような顔立ちはこの世の者とは思えぬ風格を漂わせている。
フランス国内でも2004年最大のヒット作となり、同時に作中の子どもたちの歌声を収めたサウンドトラックも大ヒットを記録した。

“忘れられない人”との別れは唐突にやってきた。しかし、泣いて抱擁するというジメジメした別れではない。見送りを許されなかった少年たちは、<さよなら>と書いた紙ヒコーキを窓からとばし先生に感謝の気持ちを伝える。
たとえどんなに短くはかない想い出でも、ハートの温かい先生との出会いは、胸の奥深いところでしっかりと息づき、その後の人生を力強く支えてくれることだろう。少年たちの目に宿っていた哀しみが消え、子どもらしい純粋な瞳に変化していたことが、それを証明している。

*「コーラス」 (2005年4月9日日本公開)
コーラス : 作品情報 – 映画.com

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