【シネマで振り返り 48】人生とは、時間をかけて私を愛する旅 …… 「フジコ・ヘミングの時間」

自分史活用アドバイザー 桑島まさき

世界各地で演奏活動を行うピアニストのフジコ・ヘミングの奏でる音色を聞いたことがなくても、その名前を知らない人は少ないだろう。名前のとおり、フジコ・ヘミングは日本人ピアニストの母とスウェーデン人デザイナーの父を両親に持つハーフである。ベルリンで生まれ、幼少時に父と別れた後は、東京で母の手ひとつで育てられた。だから父親の記憶は少ない。
年齢は非公開だが、80歳を超えた現在も現役として世界各地で演奏を続けているという事実から、戦争を知る世代である。5歳からピアノを始め著名なピアニストに師事し、17歳でデビュー・コンサートを開催。芸大在学中に名誉ある賞を多数受賞するなど順調なピアノ人生を送っていたにもかかわらず、彼女が広く世に知られることになったのは、意外にも60代後半だ。
本作は、フジコ・ヘミングの初のドキュメンタリー映画で、14歳の時、本人が綴った絵日記とインタビューによる構成になっている。監督は小松莊一良。思い出の少ない父の仕事、母が使っていたピアノ、弟との強い絆。波乱万丈な“遅咲きの魂のピアニスト”が語る人生、家族のヒストリーとは……。

©2018「フジコ・ヘミングの時間」フィルムパートナーズ

敗戦国(日本)での生活は苦しかったようだ。外国人の血が入っている<父親不在の少女>というだけでイジメを受け、食糧難の東京では配給制なのに外国人扱いされて食べ物をもらうことができなかった。戦時中の混乱で国籍を失ったこともある。個性の強いピアニストの母の厳しいレッスン、そして確執。自分たちを置いて母国へ帰った父親への複雑な感情。多感な時期を生きる思春期のフジコにとって、世界は安心できるものではなく、むしろ不条理に満ちていた。その頃に書いていた絵日記が本作で公開されているが、デザイナーの父や日本画家の叔母がいるという事実からして、彼女にもその才能が受け継がれていることがわかる。
苦い思い出の方が多い少女時代だったようだが、母の強い思いとバックアップのおかげで28歳でドイツにピアノ留学した。高名な音楽家の支持も得て未来は明るく、おそらく、彼女の自分史の中で希望に満ち輝いていた時期だったのではないだろうか。

©2018「フジコ・ヘミングの時間」フィルムパートナーズ

しかし、フジコには試練が用意されていた―――世に出るために必要なリサイタル直前に風邪をひき、そのせいで聴力を失うという演奏家にとって致命的なダメージを受けてしまったのだ。
世界的成功の機会を失った彼女はストックホルムに移住し、聴力回復のための治療と生活のために音楽学校の教師の資格を取得し、ピアノ教師として働きながら欧州を拠点にコンサート活動を続けた。不遇の時代、多くのライバルたちが世界の伝統あるホールでコンサートを開いている中、夢をあきらめず自分の才能を信じピアノを弾き続けた。心が折れそうになる時は、「あなたは必ずそのピアノで成功者になるよ」と言ってくれた人の言葉を拠り所にしたという。

プライベートタイムは、自身で飾りつけしたこだわりの家で、タバコをくゆらし、ピアノを弾く。一年の半分をパリの自宅で、愛猫たちに囲まれて過ごす。他にも世界各地に家を持ち、時折訪れて静かな時を過ごしている。年間、60本近くの公演を持っているので、どの家にもピアノ(と猫たち)があり、一日4時間は必ず練習することを怠らない。
行きたい所へは自分の足で行く。多忙なスケジュールながらマネージャーを持たず、自身でスケジュールも体調も全てを管理する。
少し寄り道したものの、その時間さえも滋養にして出るべくして世に出た人だ。時間は平等に与えられているはずなのに、何故かフジコ・ヘミングの時間は豊かで、まったりと流れているように思えるから不思議だ。

※「フジコ・ヘミングの時間」 2018年6月16日(土)~ シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー
映画「フジコ・ヘミングの時間」公式サイト

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