【シネマで振り返り 47】自由を求め続け、孤独な闘いを挑んだ表現者 …… 「夜になるまえに」

自分史活用アドバイザー 桑島まさき

2001年9月に日本公開された「夜になるまえに」は、20世紀ラテンアメリカを代表する作家であり詩人であったレイナルド・アレナスの回想記の映画化である。しかし、彼が本国キューバで出版したのは「夜明け前のセレスティーノ」一作だけである。
1943年生まれのアレナスは多感な時期に文学の才能の芽を開花させるが、独裁者カストロ政権下では表現の機会を与えられることは叶わなかった。独裁政権は彼の生み出す”自由”に極度の畏怖を覚え、正義(実は正義の名を借りた中傷なのだが)や同性愛者であることを理由に表現の自由を奪い、弾圧、迫害、投獄という苦しみを次々に用意する。彼に、人権はなかった。

自国で出版の道がない表現者アレナスは友人に頼んで外国で自分の作品を出版させることに成功する。「めくるめく世界」である。フランスで出版され名誉ある賞をうけ、彼の名は世界に響き渡るが、彼の受難は続く。世界に名だたる文学者となっても本国では家もなく、祖国の者は「レイナルド・アレナス」の作品を読むことはない。
しかし、作家は書く。命がけで。危険を承知の行為は、自由を求める壮絶な闘いであった。非人道的な刑務所を出所後、自国の革命に絶望しアメリカへ亡命する。金なし、国籍なし、作品なし、「無一文の受賞作家」となったアレナスだが、この時、ようやく念願の自由を手にする。しかし、不運にもエイズにかかり、47歳で表現者として自由を求め続けた人生に自らの手でピリオドをうった……。

アレナスはとかく小説ばかり注目されるが詩やエッセイや戯曲にも秀逸な作品を残している。前半はキューバの寒村で生まれた極貧の幼少時代が彼の残した詩を引用し描かれる。貧しくはあったが自然の中で豊かな感受性を育んでいった自由な時代とは対照的に、後半は、表現者となった青年期のアレナスの不安や恐怖が描かれている。
監督は画家であり「バスキア」(1996年)の監督であるジュリアン・シュナーベル。同じ表現者として描かずにいられない逸材としての魅力をアレナスに感じたとしても不思議はない。自由を紡いで言葉となった作家の詩とシュナーベルの画家としての映像美があいまって、波乱万丈なアレナスの人生を表出する。作家と画家の見事なコラボレーションである。
そして、祖国を離れ孤独に自由を求めて死んでいったアレナスに生命を吹きこんだのは、主役を演じたスペインの実力派俳優ハビエル・バルデムだ。

夜になるまえに……書く自由を奪われないうちにアレナスは生き急ぐように執筆にいそしんだ。彼は書き残している。「ぼくのメッセージは敗北のメッセージではない。闘いと希望のメッセージなのだ。キューバは自由になる。ぼくは、もう、自由だ」と。孤高の作家が幾つもの作品を没収されたことを思うと、ラテンアメリカにはどれほどの夥しい才能が公権力の名の下にもぎ取られ、眠っているのだろうか。

*「夜になるまえに」(2001年9月22日公開)
夜になるまえに : 作品情報 – 映画.com

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