若手自分史活用アドバイザー奮闘記【門倉アドバイザー 自分史の必要性】

村井覚アドバイザーと一緒に活動する門倉栄アドバイザーからのブログ第7弾です。門倉アドバイザーは若さを武器にお客様に対して様々なアプローチを行っています。今回は門倉アドバイザーが自分史を作り上げたときに感じた自分史に対する新たな想いに関してです!

【自分史の必要性】

前回、叔父の自分史を作成する際の難しさ、聞き書きを通し、叔父自身の新たな発見や気づき、今後の人生のやりがいなどにつながったお話をお伝えさせていただきました。今回は、叔父の自分史が本として完成し、当人の手元に届いた時の状況を私の観点からご説明させていただきたいと思います。

叔父の自分史の制作は2014年の夏から始まり、11月中旬の秋頃に完成しました。作成期間は約3か月。家に訪問し、面談を6回。編集に1か月弱かかりました。長時間かかりましたが、その過ごしてきた時間の中で、叔父にとってとても充実した日々となりました。

「戦争中、逃げ回る叔父や周りの家族」、「戦争に関わった地方へ旅行に行き、戦争体験を振り返る叔父」、「叔父自身の家族が誕生したときの感銘や幸せそうな笑顔」。このような映像が叔父の自分史を編集しながら、想像する機会が何度もありました。私は、叔父の人生を共に振り返り、歩んでいる気持ちになりました。この人の人生に関われて、私は「こんな経験豊富な方の自分史を作れて幸せだな」と幸福を感じることができました。

叔父の自分史が完成し、届ける日を迎えました。完成したものをただ単に届けるだけなのに、なぜか緊張が止まりません。

理由として、
・データで叔父に一度確認してもらったが、気に入ってもらえるか?
・製本の手触りは叔父にとってどうか?
・表紙の色は適正な色か?
・文字の大きさは見やすいか?
など、頭の中が混乱するくらい緊張してしまいました。データ入稿前に十回、数十回と確認をしても、やはりどんな商品も同様だと思いますが、商品がお客様の手元に渡ったときの笑顔を見るまでは不安などは解消されません。

そして、叔父の自宅へ伺い、思いを込めて作成した自分史を渡しました。すると、叔父は嬉しそうに受け取り、「ありがとう」と一言お礼を言って製本された自分の本を眺めました。目を細め、無言でページを読み進めます。1ページ。また1ページと。私は沈黙の中、落ち着気を隠しきれず、「何か一言でもいいから言ってくれ~」というような思いでした。

「おお、ここが家族と始めて行った場所だ」
「おじいさん(親父)が生きていたときが懐かしいな」
などと、叔父は懐かしさに浸り、私に向かい「ありがとう、ありがとう」と握手を求めながら私に感謝の気持ちを伝えてくれました。そのときの私はというと、恥ずかしいですが、叔父からの第一声の言葉を聞くと同時に号泣していました……。当時、叔父の目に薄らと浮かんだ涙。あの光景は今でも私の脳裏に焼きついています。

やはり、人の人生に関わるって素晴らしいことだなと思います。完成後の自分史を渡す瞬間に不安に感じていた私は、このときを境に一番のなんとも言えない心地よさ、やりがいに変わっていました。

素晴らしい役職や地位の持ち主が自分史を作るというようなイメージをお持ちの方は多いようですが、ステータスでは計りきれないくらいの一人ひとりの生きてきた過去というのは、それぞれ素晴らしいものであり、それこそが宝物です。過去のできごとをどういう想いで残すかに自分史の必要性や素晴らしさがあると私は思います。今回のように、自分史の魅力に気づける方々を増やしていくのが私の役割でもあり、使命なのではないかと感じます。少しずつかもしれませんが、この小さな一歩、一歩が「日本を活発するくらい元気な国」に、自分史はしていく力があるのではないかと感じます。

今回で3回に渡り、叔父の自分史を作成したお話をお伝えさせていただきました。主に私が自分史として活動し、特に印象が強く残っている内容をブログに掲載させていただきました。

次回からは、自分史関連に参加したセミナーや他の自分史アドバイザー行っている勉強会などに参加した際の私の気づきなどをお伝えできたらと思います。

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