若手自分史活用アドバイザー奮闘記【門倉アドバイザー あれから4年】

若手自分史活用アドバイザーの門倉栄アドバイザーが綴る、東日本大震災に対する想いと自分史の可能性についてです。

【あれから4年】

2015年3月11日で東日本大震災から4年が過ぎます。一人ひとりが様々な思いでこの日を迎えるのはないでしょうか。大変恐縮ですが、震災当時の記憶とその年、現地に行ったときのお話をさせていただきたいと思います。

当時、私は大学生でした。もともと東京にいた私も、大きな揺れを感じるほどの大きな地震であったのを今でも覚えています。ニュースで映る衝撃的な映像。そして、深く印象に残っているのは、現地へ行ったときのことです。

震災後、何か自分ができればという思いから現地へ行きました。しかし、半年間が経過しても当時と何一つ状況が変わっていませんでした。半年間という時間があっても、何も手を付けることができないほどの被害規模の大きさ。テレビで見るよりも何十倍のものでした。これまで当たり前だと思っていた私の日常は大きく変化しました。「被災地に行くことができるありがたみと何一つ不便していない生活に感謝をしなくては」と改めて感じた一日。

当時は、自分史の存在を知らない私でしたが、当時の記憶、思い出、印象などを残していくには自分史は欠かせないものだと思います。過去も今も未来も、責任を持ち、つないでいけるのは、今を生きる私たちなのではないかと思います。私たちにできることは、絶対に何かあるはず。

私がこのように言うのは、大変おこがましいかもしれませんが、4年経過した現在でも自分史活用アドバイザー同士がほんの少しの思いを寄せ合うことができれば、日本の未来がいい方向になっていくのではないかと思います。

自分自身にとって本当に大切なものは何か。失ってから、もっとこうしておけばよかったと後悔しないために。東日本大震災をいつまでも忘れないようにするために。私も自分史を通じて何か残していければと感じます。

若手自分史活用アドバイザー奮闘記【門倉アドバイザー あれから4年】” に対して1件のコメントがあります。

  1. itoyoko より:

    遅くなりました。震災から4年経ちました。山形は比較的被害が少なかったのですが、それだけに山形の人間は、自分たちは何もできなかったのではという思いが強いとのことでした。山形には福島から避難してこられている方が全国で3番目に多くいらっしゃいます。
    自分が仕事を通してできること、それを続けていきたいと思います。自分史活用アドバイザーとして、いっしょにできることがあれば、宜しくお願いします。

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