【シネマで振り返り 75】人はできないことがたくさんあるのだから …… 「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」

自分史活用アドバイザー 桑島まさき

日進月歩の医療技術のおかげで、私たちは厄介な病気に罹患しても、適切な医療をうければなんとか生命をつなぐことができる。しかしながら、いまだ病気の全容がつかめず、治療法の確立していない難病がいくつかあり、その病気に苦しむ人たちは存在する。人は一生のうちに「病人」になる時間を持つことは幾度があるだろうが、ずっと病人の人もいる。病気が深刻で、社会生活を送れない人を、私たちは「身障者(障害者)」と呼んでいる。

北海道・札幌で生まれ育った鹿野靖明さん(1959年~2002年)は、11歳の時に進行性筋ジストロフィーという全身の筋肉が徐々に衰えていく難病と診断され、家族と離れて北海道内の国立療養所での療養生活を余儀なくされた。病気が進行した18歳の時には車いす生活となり、障害者授産施設に移るが、海外で広まった障害者の自立生活運動に触発され、23歳の時に同施設を出て自立生活を開始した。自身のことができない鹿野さんは24時間介護が必要なので、当然、介護するスタッフも必要となる。そこで彼は、自分をケアしてくれるボランティアスタッフを募集し、介助の仕方をスタッフに教え、進行する病気と戦いながら人間らしくかつ楽しく生きることができるように、42歳で亡くなるまで生の時間を全うした。
原作は大宅壮一ノンフィクション賞・第25回講談社ノンフィクション賞をダブル受賞した渡辺一史さんの同名ノンフィクション(2003年刊)だ。

(C)2018「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」製作委員会

本作の時代設定は鹿野さん(大泉洋)が34歳の時。身体で動かせるのは首と手だけの状態だが、多くのボランティアに囲まれて生活する彼は、明るくハキハキしてよくしゃべり、よく食べて、時々ワインを飲んだりしている。身体が自由にならない分、心は自由! やりたいことが多くある。口達者で、夜中に急にバナナが食べたいと言いだし、「食べないと眠れない、買ってきてよ!」と悪びれもせずボランティアに命令する。ズーズーしいが、憎めない愛されキャラだ。その上、ほれっぽい。わがまま三昧だが、周囲はみなこの重度の身障者との生活を通して、人の助けをかりる勇気やひたむきさに逆に励まされていく。
ハンデをもっているために世間一般のフツーの男性のように好きな女性と接することができずぼやくしんみりしたシーンがあるが、それ以外は全編を通して、とにかく明るい。

(C)2018「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」製作委員会

難病者となった自分を両親が不憫に思わないように、親元を離れて自立生活をスタートした彼は、両親に自分の人生を生きてほしいと願う心やさしい青年でもある。実話だけに感動的。病気を抱えてしまった彼のわがままは、まさに生命がけのわがまま。できないことは他者に頼むしかないのだから、それを素直に表現する。患者力の高さと与えられた時間を大切に生きる本気度の高さに驚く。
42年の自分史上、身障者歴が長い彼は、生きるために精一杯わがままを言い続けた。病人になったといって落胆するのではなく、病気になった自身の経験をもとに患者力を高め、それを家族や親しい人たちと共有していく。望んで障害者となる人などいない。障害を持った人たちやそのご家族が、自分らしく生きる社会をめざすには、患者力を広くアピールしてゆくことが必要だ。
人生を精一杯かけぬけた鹿野さんの人生は、障害者が自立して生きる事例として参考になることだろう。

※ 「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」
2018年12月28日(金)全国ロードショー
映画『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』公式サイト

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