認知症の母が介護保険を使いデイサービスに通うようになりました。自分で望んだわけではありませんし、知らない人ばかりの環境で緊張しているせいか、まだまだ余裕がなく、先日母の住む群馬県太田市に行き、母に施設の感想を聞きましたが、楽しむといった気持ちはまだまだのようです。

施設では毎日のように何かしらのイベントをやっていて、白玉などの料理を作ったり、ネイルやアロマなどの体験教室などがあるようなので、慣れてくればそれなりに楽しい一日が過ごせるのではないかと思っています。

そんなイベントの中で母が早速積極的に取り組んだのは『カラオケ』でした。かなり控えめでおとなしい母なので、皆さん驚かれたようで、「歌がうまいね」と声をかけてきてくれたようです。

歌が好きな母の家には、テレビに接続すると画面に歌詞とイメージビデオが流れるカラオケマイク機器があります。母から施設でのカラオケ話を聞き、私は家でこのカラオケを一緒に歌おうと提案しました。ほとんど母とはカラオケに行ったことはないのですが、母が気持ちよく歌う姿に、昔の元気だったころの姿が重なり、認知症ということを疑うほどでした。母が歌う歌は私が子どものころよく歌謡番組で流れていた歌で、私もつい一緒に口ずさんでしまうものばかりでした。私も普段は歌わなくてもそのころの懐かしい歌をあえて歌い母とともに昔の生活を懐かしみました。

4年前に亡くなった父も歌が好きでした。持ち歌は谷村新司の『昴』で、親戚の結婚式などには必ず披露していました。そんな父を想い、初めて『昴』を歌ってみました。結婚式の数日前からカラオケセットで練習をする父を思い出しました。声の記憶は結構しっかりと残っているもので、父の歌声が聞こえてくるようでした。おそらく母も同じ気持ちだったと思います。お互いに父のことを語らなくても、また昔を思い出すための話をしなくても、歌には瞬間に過去に戻ったり、記憶の中の人を思いださせる力があります。

ただそれは歌そのものにあるわけではなく、一緒に歌を歌ったり、聴いたりした時の記憶が、その歌を再び聴くことで蘇るということです。

そう考えると、今の私の家族(子どもや妻)とは一緒に、歌を歌ったり、聴いたりすることが大切だと感じます。歌に力があることは誰もが感じるものだと思います。その歌にどれだけの思い出があるかどうかが重要です。さらにそれを同じ時代に共有している相手がいることで歌の価値が高まるのではないでしょうか。

先日、母と歌った歌も何年かする2人カラオケで歌っている姿が想像され、かけがえのないものになるのでしょうか。

馬場敦(一般社団法人自分史活用推進協議会理事)