おのやすなり(自分史活用アドバイザー)

フェイスブックが進化して、過去の文章を時系列毎にテーマ別毎に、自動的に編集する機能ができれば自分史を書く必要性なんてなくなるのではないでしょうか?

先日そんな質問を受けました:*・'(*゚▽゚*)’・*:

フェイスブックだけでなく、多くのSNSやブログでは確かに日常を様々な人達が様々な形で残していますもんね・・・・

活字を読む人・文章を書く人は史上空前の現代

新聞や本を読む習慣は減った現代、活字離れに歯止めがかからないと言われています……?

確かに多くの出版社が苦境に喘ぎ、一部を除いては週刊誌は次々に廃刊においやられています! しかしスマホの登場で24時間世界中の文章にアクセスできるようになりました!

むしろ空前の活字ブームです!!

ブログやSNSの登場で、考えれれないくらいの多くの人達が文章を書くようになったと思いませんか? ある意味書くことも史上空前の時代を迎えているのではないでしょうか。

私事ですが40を超えるまでに日記はおろか、ろくに文章など書いたことはありませんでした。45を超えてからSNSを始め、その後ブログを書き始めてこの数年間に書いた文字数は恐らくそれまで書いた文字数をはるかに凌駕している筈です。

文字を書く習慣ができて、ものを書くことに抵抗がなくなりました、以前の私ならば「自分史」に興味を持つことは決してなかったでしょう。

日記と自分史の違い

自分史を書く作業の中では多くの過去を振り返ります。

もしも日記を書く癖があれば自分史の資料として、過去の自分が何を考えていたのかを現在の目でもっと深くリアルに感じることができるツールとなります。ましてや、フェイスブックやブログのようにその時々の情景が写真や映像とともに残っていれば尚更です。

日記やブログ、SNSはその時を生きた自分の進行形の感情が描かれています。

自分史を書く行為は現在の自分が過去の自分をどう感じるか、それを表現することです、更に言えば、それを未来にどうつなげて行くかの作業になります。

日記は重要な資料となることは間違いありませんが、今着手する自分史としての違いはそこにありのです。

自分史はむしろ将来にニーズがある

SNSやブログの登場によって文章を書く習慣が増えてきたことは前述しました。以前の人たちと比べてはるかに自分の記録が多く残っていくということです。

それに加え、手書きの日記と比べWEBと接続されていることは、多くの人が自分自信を世間に発信を行うことへの抵抗がなくなったということです。

これらの条件は今後ますます自分史というジャンルが可能性を秘めていることの要因となるものと思います。

人工知能が人間の心情まで読み取り、自分史を作成できるかは甚だ疑問ですし、もしそうなったとすれば人間という価値はいったい何かということにもなります。自分史を書くという作業は多くの作業が消滅する中で高まる需要を秘めた行動だと確信しています。

但し、やはり出版という形で本という形で残すかどうかはわかりませんけどねd( ̄  ̄)

自分史ラボ:my life my art