行政書士としてお客様接するなかで、何度もお話をしていると、その方の人生にまつわる様々なエピソードをお聞きすることがよくあります。行政書士は守秘義務があるため当然そのようなお話を外部に公開はできないのですが、本当に誰かに聞かせたくなるような素敵なお話がたくさんあります。そんなとき自分史を書いてみることをお勧めするのですが、ほとんどの方はそのようなご家族での小さなエピソードは大切にはしているものの、本にして残すまでもないと思っていらっしゃいます。

私も経験上、そのように言われることがわかっているので、すぐには自分史のお話はせず、何も言わずできる限りたくさんのお話を聞くようにしています。自分史活用アドバイザーでありながら、思い出をすぐに本(商品)にすることに多少抵抗があります。ある意味自分史を勧めるということは「あなたのプライベートを公開しませんか?」ということと等しいわけですから、より慎重な対応が必要になります。

その反面、そのような心配をよそに、それほど勧めなくてもとても興味を持ってくれる方もいらっしゃいます。『自分史』というものの存在をはじめて知り、まさに「わが意を得たり」という表情でお話をしていただく方も少なくありません。『自分史』というものは知らなくても『自分史的』なものは常に残していかなくてはと思っている方が意外といるのです。このあたりは私が行政書士として行っている『遺言書』に似ていますが、遺言書の場合はその存在を知っていながらという部分で自分史とは少し違いがあります。

実は自分史にとって先ほど私が感じているプライベートの公開という部分は、書き手のお客様にとって大きな問題ではないようです。むしろご自分の財産などを公開するような遺言書のほうが抵抗感を感じる問題のようです。自分史の良さでもありますが、どのように書くかはまったくの自由ですから、そもそも知ってほしくないようなことは書かなければいいのです。

昨今の権利意識や、個人情報保護などの行き過ぎた個人主義の影響からか、必要以上に気を使いお客様と接するようになっています。悪用しなければ問題ない話が、悪用された前提で結局何もできないといったことがよくあります。

このようなことを考えてみると自分史の大きな壁は書き手の気持ちと、それをサポートする私たちのような専門家の気持ちに大きなずれがあるということだと思います。個人情報を悪用されない仕組み作りは最低限必要な上で、それでもまったくなくすことはできず、その上で本当に大切なことをサポートしていくということが必要になります。

言い古された言葉ではありますか、「人生は一度きり」なのですから『自分史』もある意味一度しか書くことができないのです。

馬場敦(一般社団法人自分史活用推進協議会理事)