自分史活用アドバイザー 桑島まさき

新生活がスタートする4月にお薦めしたい作品は、2007年4月に日本公開された「モンゴリアン・ピンポン」。
限りなく広い青い空。遮るものは何もなく、時折白い雲が現れるだけ。大空の下、草原はどこまでも広く、人口は少なくその美しい緑の大地にぽつぽつと住民の家があるだけ。いつも草原を吹き渡る風が人々の頬をなぜ、子どもたちは自然の恩恵をふんだんに享受し素朴な生活を楽しんでいる。内モンゴルに住むビリグは両親と優しく綺麗な年頃のお姉さんとオバアチャンの5人暮らし。遊び仲間のダワーやエルグォートゥと毎日元気いっぱい草原を走り回っている。そんな素朴な草原にも時々、都会から行商人が珍しいものを売りに来たり、舞踏団がやってきたりして刺激を与えてゆく。それだけがビリグたちにとって外界と草原を繋ぐ手段だ。
ある日、ビリグは川で白いピンポン球を発見する。どこから流れてきたのかわからないし、その白い球が「ピンポン球」だということさえ知らない。卓球などしたこともなければ、観戦したこともないので無理もない。両親も知らない。そんなド田舎の少年たちが本作の主人公だ。

白い球(本当はピンポン球だが)を拾ったものの住民の誰もそれが何であるかわからない。「光る真珠」だという者がいるが、夜になっても一向に発光しない。草原の夜は真っ暗だ。ところが、少年の一人ダワーのお父さんが行商人から購入したテレビを見ていたら、白い球の正体は「卓球」というスポーツに使用されるボールだ、と知る。
しかも、「卓球は我々の国技、このボールは国家の球」とアナウンサーが話すのを聞き、「国家」とは何なのか、どこにあるのか詳しく知らないが、子どもの本能でとても大事な球を拾ってしまったのだということを悟るのだった。
そこで純朴な3人の少年たちは馬とスクーターを乗り継いで北京をめざすのだった……。

辺境の内モンゴルの少年たちを主人公にし、その「無知」さが巻き起こす珍騒動をコミカルかつ飄々と描きながら、思わず目を細めてしまう子どもたちのひたむきさが心地よい郷愁を誘う作品だ。それは内モンゴル在住でなくても、恐らく多くの人たちが身に覚えのある遠い日の記憶に似た宝物のような思い出ではないだろうか。
ボールを国家へ返却するために意気揚々と出かけたものの、遠くて断念。友達とのケンカ、そして別れ……。白い球をめぐってケンカした2人の少年の裁きとしてお父さんが下した、ケンカの元凶である白い球を半分にグサリと切ってしまうという思い切りのいい行動も大らかで驚かされる。
草原に住む少年たちの日常を淡々と描いただけのシンプルな作品は、無駄な音は一切使用せず、風の音、馬やスクーターが動いた時にたてる音などの自然音だけで構成されている。都会と違い、感受性豊かな少年たちの耳に届く音は格段に少ない。それでも少年たちはその時期特有の瑞々しい感性のアンテナをフル稼働して、新しいものを見ようとする、知ろうとする。その一生懸命さが何とも微笑ましく懐かしい。

やがてくる両親との別れ。少年は街の学校に入学するため草原を離れることになる。街の学校の一隅から聞こえてくるリズムカルな音に導かれるように体育館の扉をあけるビリグ。
その驚く(実際に卓球をしている姿は映されない)顔、それは新世界へ足を踏み出しひとり立ちする少年の門出を象徴し、心地よい音をたててはねるピンポン球以上に心躍る少年の胸の鼓動が聞こえてきそうだ。

*「モンゴリアン・ピンポン」(2007年4月28日 日本公開)
モンゴリアン・ピンポン : 作品情報 – 映画.com