自分史活用アドバイザー 桑島まさき

世の中には平然と嘘をつく人たちがいるが、悪意やたくらみのあるものや相手を思いやるものではなく、無垢な嘘も存在する……。
2008年4月に日本公開された「つぐない」は、世界的に名高いブッカー賞受賞作家イアン・マキューアンの原作「贖罪」を、「プライドと偏見」のジョー・ライトがメガホンをとった作品だ。13歳の少女のついた嘘が一人の人間の人生を狂わせ、希望と可能性に満ちた愛しあう若い恋人たちを引き裂くという悲劇的な物語だ。「罪と許し」という普遍的なテーマを扱った本作は、深い悲しみに包まれせつなくやりきれない印象を残す。

1935年、英国のある夏。政府高官の長女として生まれたセシーリア(キーラ・ナイトレイ)はケンブリッジを卒業し実家に戻ったもののその後の生き方が決まらず広い屋敷の中で鬱屈とした毎日を過ごしていた。13歳の妹ブライオニーは小説家をめざしている多感な少女で、自分の世界の中に閉じこもり創作活動を楽しんでいた。
屋敷内にはセシーリアと兄妹同様に育った使用人の息子ロビーがいた。優秀なロビーは聡明で当主(セシーリアの父)の援助を受けケンブリッジで医学を学んでいる。2人は自分の中に芽生えている恋情になかなか気づかず反発しあうが、徐々に心を通わせ、互いの愛し合う感情を認めてゆくのだった。しかし、そんな2人の恋情を幼いブライオニーは理解できない。

溺れかけた自分を助けてくれたロビーをたのもしく思う一方、姉のセシーリアに淫靡(少女にはそうとしか理解できない)な手紙を送り、図書室で姉と愛し合う様をみてショックを受け(少女には姉が辱められているようにしか見えない)、これまでロビーに抱いていた親近感が恐怖に変わり、不安を募らせていく。思春期の少女にありがちな潔癖さが大人の世界への憎悪に変わり、小さな胸を痛める。
そして、ある事件を契機に、ブライオニーは取り返しのつかない罪をおかしてしまう。それがロビーという心優しい青年の人生を狂わせてしまうとは想像もできないまま、確信に満ちた嘘をついてしまうのだ。
少女の嫉妬と勘違いから生じた嘘によってロビーは犯罪者となり、刑期を早く終えることができる手段として戦場へ送り込まれるのだった。身分違いの恋に悩んでいたセシーリアはロビーを諦めきれず家族と絶縁し、ひたすら恋人の帰りを待ち続ける。果たして、2人の運命は……?

後半は自分の嘘のために姉とロビーを失ってしまったブライオニーの物語へと変わる。幼かったとはいえ取り返しのつかないことをしてしまったブライオニーは贖罪意識に苛まれ、自分も姉と同じく看護師の道へと進む。許しを得て胸のつっかえをとるために、ロビーとセシーリアの物語を仕事の合間に書き綴るのだった。
そして、戦争が終わり、1999年に。大作家となったブライオニーは、最後の作品となるであろう「つぐない」を発表し、テレビでインタビューを受けている。果たして罪をつぐなうことはできたのか?

ブライオニーの3つの時代を3人の女優が演じている。13歳のブライオニーを演じたシアーシャ・ローナンは本作で米国アカデミー賞助演女優賞にノミネートされた。18歳役を「エンジェル」のロモーラ・ガライ、老年役をベテラン女優のヴァネッサ・レッドグレイヴが演じ、仕草や瞳の色まで考慮し少しの違和感もないキャスティングとなっている。
重苦しいテーマを人はどう解釈し、折り合いをつけるだろうか? 戦争で引き裂かれた恋人たちの悲恋は量産されてきたが、人間(少女)がついた嘘がもたらす波紋は……。
小さな者(モノ)でも十分に破壊できる怖さを提示して恐い。善良な人なら自分がおかした罪の大きさに耐えられず苦しむだろう。観る者の判断に任せるしかない本作だが、やはり、嘘はいけないし安易かつ無責任な発言は慎むべきだと改めて思う。

※「つぐない」(2008年4月12日 日本公開)
つぐない : 作品情報 – 映画.com