自分史活用アドバイザー 桑島まさき

2009年2月日本公開のハリウッド映画「チェンジリング」は、怖いサスペンス映画だ。実話をベースにK・イーストウッドがあらゆる要素をミックスして静かな興奮を観客にあたえている。アメリカで実際にあった衝撃的な「クリスティン・コリンズ事件」を元にしているのだが、こんなに不気味で恐ろしい話が実はあまりアメリカ国内で知られていない(いなかった)というから驚く他ない。

1928年、ロサンゼルス。第一次世界大戦に参加しなかったアメリカは国家の疲弊もなく国力をつけ経済的繁栄をきわめていた。シングルマザーのクリスティン(アンジェリーナ・ジョリー)は電話局に勤務し、9歳の息子と2人で暮らす中流階級の女性だ。女性が職業をもつようになった時代、クリスティンはローラースケートで忙しく職場内を動き回りトラブルを解決する有能な女性として描かれている。
そんなある日、急に休日出勤しなければならなくなった彼女は息子に留守番をたのみ仕事にでかける。しかし、戻った時、息子の姿はなく行方不明として警察に捜査を依頼する。帰らぬ息子の安否を気遣う日々がすぎ、5ヶ月後、息子がみつかったと警察から連絡がはいる。

ところが、喜びも束の間、見つかったのは息子ではなかった……。
そう訴えるのに、「この時期の子どもは成長が早いので変化するもの」とか「ずっと会っていなかったので混乱して間違えているだけ」などと言われ、とりあってくれない。自分が腹を痛めた子どもを間違える母親がどこにいるだろうか!? しかし警察は認めない。自分たちがミスしたとわかれば組織の恥だからだ。医者に診断させ、マスコミに母親が錯乱状態になったと公表する。息子よりかなり小さいのに、「ストレスで背骨がまがったのです」と医者は言うに至る。もう、メチャクチャ!
こんな信じられない事態があるだろうか! 息子ではないと感覚的に一番わかる母親が訴えているのに誰も信じてくれず、「あなたは頭がおかしくなったのです」と決めつけられるなど。

母親である彼女の心配は、自分がイカれた女扱いされることより息子がこうしている間にも誘拐犯に殺されたり、どこかでのたれ死にしていたりしているのではないかということだ。にもかかわらず腐敗した警察はミスをみとめず捜査終了だと相手にしない。
クリスティンの受難は続く。警察に逆らったという罪で担当刑事からいきなり精神科病院に送り込まれるのだ。そこの医療関係者たちは警察に忠実なため彼女を異常者扱いし、無実の叫びに声をかそうとしない。さらに、多くの女性たちが病院で不当な扱いをうけていた。人権などこの時代には声高に叫ばれず、男社会にたてつく弱者としての女性は、彼らの判断で<精神の矯正>を余儀なくされるのだ。

息子に起こった不可解な事件、失意の中で懸命に息子を探す母親の身に起こった人権無視の理不尽な仕打ち。どちらとも現代ではビッグニュースとして扱われるべき事案だ。神経が脆ければ精神科病院でホントに精神を病んでしまうところだっただろう。だが、息子を探す一人の女性を組織的に貶める男たちがいる一方で、彼女に温かく救いの手をさしのべてくれる男たちもいた。堕落したロス市警を弾劾する牧師(ジョン・マルコヴィッチ)や彼に同調する人権派弁護士によって病院から救い出され、裁判によって警察の実態を暴露するのだった。

次々に襲う苦難、屈せずに権力に向かっていく母親。アンジーは、彼女がこれまでアクション映画などで演じてきた<強い女>ではなくフツーの感情をもったフツーの女の弱さや強さを見事に表現している。いつもながらイーストウッドの監督としての巧さを堪能した。抑えた色調は不穏な空気を醸し出し、しかしアンジーの赤い口紅など細部に色彩感覚が際だっている。こんな恐ろしい事件が人々の記憶から抜け落ち(?)、新しい世代の人々に語り継がれなかった事実をどうとらえるべきか。アメリカの抱える病巣を静かにあぶり出すイーストウッドの手腕に拍手喝采!

ちなみに2009年は、1月にアメリカ史上初めてとなる黒人のオバマ(前)大統領が誕生した。そして、日本では同年夏の衆院総選挙で野党が圧勝し政権交代がなされた。さらに、この言葉は「新語・流行語大賞」にもなった……。

※ 「チェンジリング」(2009年2月20日公開)
チェンジリング : 作品情報 – 映画.com