自分史活用アドバイザー 桑島まさき

昭和を代表する脚本家・小説家の故・向田邦子脚本による「寺内貫太郎一家」「時間ですよ」などのホームドラマを見て育った世代にとって、1981年(昭和56年)の飛行機事故による向田さんの不慮の死は大変衝撃的な出来事だった。
<生活人の昭和史>として高い評価を受けている向田作品はテレビや映画化されているものが多く、今回ご紹介する2003年公開の映画「阿修羅のごとく」は、女たちの日常の些事における微妙な心理の綾を丹念に掬い上げ見事だった。

時代設定は1979年。向田作品の核となるのは家長としての絶対的権威を誇る日本のお父さん像だ。6人家族の中で唯一の男にもかかわらず決定権は父親にあり、妻や4人の娘は空気のような存在の父親を疎んじることなく尊敬している。口数の少ない父親はあれこれ口をだすことはないが大事な時にポツリとひとこと。シブくてカッコいい、今ではあまりみられなくなった(?)父親像だ。映画版では仲代達也が演じる。
夕飯は必ず全員揃って食べるという日本人の家族観の原点ともいえる家族の風景がここでもしっかりと描かれ、登場人物が身に纏っている衣服、日本家屋の造り、旧式の電話機など懐かしい匂いが立ちのぼってきそうだ。
女優たちの華麗なる競演が見ものだ。母親・竹沢ふじ役(八千草薫)、長女・綱子(大竹しのぶ)、次女・巻子(黒木瞳)、三女・滝子(深津絵里)、四女・咲子(深田恭子)。

夫に死なれ生け花で生計をたてている未亡人の長女とその愛人の玄関先での女の闘いは、ネチネチした口論からつかみ合いの一歩手前まで発展し、やがて愛人が鉄砲(実は水鉄砲だったのだが)を持ち出して威嚇することで収まるのだが見ごたえたっぷり。
夫の浮気を知りながら知らぬフリをして“ある工作”(これが騒動の火種なのだが)をして夫がちゃんと自分の元に戻るよう仕向ける控えめな(?)かつしたたかな阿修羅の面を見せる母親の菩薩のような笑みをみせるどアップシーンは、女であることの哀しみ、愛する人の帰りを待つ不安、そして愛することの尊さや執念をみせつけられ圧巻だ。その母親の気質を四姉妹の中で一番うけついでいる(とみられる)次女のケースもしかり。
夫が愛人にかけたつもりが間違えて自分にかけてきた電話を受け、夫の浮気に確信をもちながらも騒ぎたてず、愛人とのニアミスが数回ありはしたものの、知らぬフリ。
妻の座を保っている女の誇りと意地の妻、「戸籍の上ではアンタが妻でも心では私が妻よ」といわんばかりのふてぶてしい愛人。
女たちは日々、闘っている!「阿修羅の部分とうまく付き合い、それを否定するのではなく認めながら人生の喜怒哀楽を乗り越えていきなさい」という原作者の人生に対する讃歌というべきだろう。

しとやかでおとなしい古風な母親と静かで威厳に満ちた父親を持つ四姉妹の間で、かなりきわどいセリフがバシバシ交わされ、その関係性が興味深い。たとえば、序盤、鏡餅を割って揚げ餅にするシーン。ひび割れた餅を、長女と次女が「お母さんのかかとみたい」と悪気はないが十分に棘のある言葉を発する。マジメで融通のきかない三女と天真爛漫な四女との間では確執がみられ、それは三女の結婚式に参加する・しない問題にまで発展するのだが、あることを端緒として2人がこれまでの関係を修復する手がかりとなるのが微笑ましい。

不器用で個性的な男(中村獅童)と結婚し実家に入った三女が一番阿修羅の部分が希薄だっただけに、母親が守ってきた家でその匂いや生きてきた証を感じ取り、阿修羅の面を見せていくのだろう、きっと!
それにしても本作では皆、よく食べた。揚げ餅、そば、すき焼き、どら焼き、うな重。それぞれに気にかかる問題を抱えながら……。人生は煩悶のくり返し、だからこそ食べるのだ。阿修羅のごとくしたたかに、女はみんな生きている!

ところで、向田さんの第一エッセイ集「父の詫び状」では、作家の沢木耕太郎さんが解説で、「実に向田邦子は記憶を読む職人であるかのようだ」と書いておられるが、再読し改めて納得した! 自分史を書く際、どうしても昔のことを思い出せない方は、向田さんのエッセイは参考になるだろう。

※ 「阿修羅のごとく」(2003年11月8日公開)
阿修羅のごとく : 作品情報 – 映画.com