自分史活用アドバイザー 桑島まさき

残念ながら祖母との思い出があまりない私は、明るくユニークなおばあちゃんが主役の作品に惹かれる。10年程前に公開された「佐賀のがばいばあちゃん」は、島田洋七の自伝的小説の映画化で、生活の困窮から佐賀の祖母に預けられて経験した少年時代の思い出に基づいている。「がばい」という言葉は、佐賀の方言で、「すごい」という意味。お隣の県出身の私でもその意味は知らなかった。つまり、「すご~いばあちゃん」のお話だ。

新幹線の中、デッキで仕事の電話をして戻ってくると主人公・岩永明広(三宅裕司)は、一人ぼっちで泣きべそをかいている少年をみて、瞬間、自分の少年時代へとタイムスリップしてしまう……。

1957年(昭和32年)、広島。原爆症で夫をなくし居酒屋で働きながら子ども2人(兄と明広)を育てる母親は、いろいろ考えた末、下の子の明広を佐賀で暮らす母親にひきとってもらうことに決めた。ボロ家に一人で暮らす祖母(吉行和子)は、明広が着いた途端、「ついてきんしゃん」と言い、早速飯の炊き方を教えるのだった。

ばあちゃんと2人の生活が始まった。掃除婦として働くばあちゃんのために明広は朝早くおき、飯をたき、支度をして学校へいく。兄ちゃんも母ちゃんもいない寂しさでホームシックになり泣く日もある。

少しずつ新生活に慣れてきた明広は、祖母の逞しさ、快活さにとまどうばかり。家と炊事場をつなぐ渡り廊下の下を川が流れていて、そこには野菜市場で使い物にならない野菜や果物などが次々に流れてくる。ばあちゃんは「川はスーパーマーケットだ」と言い孫を笑わせる。

「拾うもんはあっても、捨てるもんはなかとばい」と言い、仕事の帰りに腰にヒモを巻いて鉄くずなどを拾ってくる。剣道をやりたいというと、「走る地べたはタダ、道具もいらん」といい陸上をやるようにうまく説得する。豆腐売りがくれば、崩れた豆腐を半額で買うと決めている。節約第一を信条として生きているが、ケチではない。義理がたく決して人様の世話にならないと決めているのだ。

そんなばあちゃんの性格を知っている周囲の人たちは、老女を尊重し温かく見守る。豆腐をわざと崩して半額で売る豆腐売りのオジサン(緒形拳)。運動会に日の丸弁当しか食べることができない明広のために、腹痛のふりをして自分の弁当と変えてやろうとする先生たち……。恩つけがましい親切ではなく、本当の優しさや思いやりとは、こんなさりげない行為をいうのだ。

ばあちゃんの〈がばい〉ぶりは本当にたのもしい! 貧乏を悲観的に思わず、苦しいのにポジティブに思考し、孫が悲しまないように的確に、しかも即答し説得させるのだから。「キャプテン」の意味がわからない無学(多分)のばあちゃんだが、明広が勉強中、「歴史が嫌い」だと言うと、「過去にはこだわりません、と書いとけ」と妙案を思いつく。やはり、このばあちゃん、ただものではない!

「すごいばあちゃん」と言えば、ちょっと趣は違うが、60年前に引き裂かれた初恋を成就させる老婆(平良とみ)の恋を描いた「ナビィの恋」が忘れがたい。沖縄を舞台にした本作は、唐突に挿入される音楽シーンなど(公開当時としては)画期的な試みが多くみられた作品で、なにより祝祭の気分に満ちていて楽しい。だから、年老いたナビィおばぁと初恋の彼との新生活がうまくいくのかなんて考えるだけヤボ。なんくるないさぁー!

話を「佐賀のがばいばあちゃん」に戻して、原作本のキャッチコピーは「読んだら人生がラクになる本」だが、全くその通り! ばあちゃんが孫に与えた数々の名言は、貴重な人生哲学となり、泣き虫少年を立派な大人へと成長させた。戦中・戦後の混乱期を生き抜き、時代がめまぐるしく進歩しようとも流されず、モノを大事にし、先祖から教わった教えをしっかり子どもたちに教え導いてきたばあちゃんみたいな女性は、かつて多くいた。そんな女性たちの物語、もっと聞きたいものだ。

〈懐かしい〉モノがいっぱい溢れ、かつ当時そこに当然のようにあった〈温かさ〉に満ちた本作。人生の先輩とゆっくり語り合う時間、大事にしたいですね!

※「佐賀のがばいばあちゃん」(2006年6月3日公開)
佐賀のがばいばあちゃん : 作品情報 – 映画.com

※「ナビィの恋」(1999年12月4日公開)
ナビィの恋 : 作品情報 – 映画.com