おのやすなり(自分史活用アドバイザー)

小さなお子様がおられる方は、彼らと近所を歩くと独特のテリトリー感を持っていることに気づかれることと思います。

大人が見過ごすような小さな裏路地や、通ったこともない道や、気付きもしなかったお店の存在を知っていたりします。

よく吠える犬がいる家や、雷オヤジがいる家がどこで、猫がたむろするスポットを得意気に教えてくれたりします。

子供は小さな体で自分のテリトリーを面で抑えています、大人とは違う視線で自分たちの世界を見つめているのです。

成長することによって、行動範囲は広がり、街は面から線に、線から点に変化していきます。物理的な視界は広がりますが、忙しい毎日は視野に映る風景のほとんどに興味を示すことなく処理してしまい見えなくなってゆくのです。

自分史を地図に書いてみよう

先日面白い講義を体験してきました、幼少の頃の自分のテリトリーを覚えている範囲で地図にしてみる講義です。

お恥ずかしながら根からの方向音痴で全く方向感覚もない私ですが、距離感も方向も滅茶苦茶でいいので兎に角覚えている近所の様子を自分の家を中心に書き出してみました。

これが結構面白い。いろいろなことを思い出します。

近所に誰が住んでいたか

手始めに、自分の家を中心に向こう三件両隣町内に誰が住み、どんな生活で、我が家との関係を子供の頃の記憶をたどって書いてみました。

隣は若い夫婦の(とはいえ僕からは若いおっっちゃんとおばちゃん)家庭でガラス屋さんを営んでいた、子供は赤ん坊だったので友人関係ではなかったですね。

一件先はどこかの大学の学長さんで休みの日は着物を来ており家の前で遊ぶ僕たち悪ガキはいつも叱られていた。でも平日は和服姿の優しいおばあちゃん(学長の奥さん)はこっそり僕たちを招き入れてお菓子をくれた、学長爺さんには内緒の話でした( ^ω^ )

向かいは夫婦で学校の先生で、3歳下のAちゃんは頭が良くてピアノが上手で、その隣の今は刑事のB君は野球少年全盛の中サッカー少年だった。

近所のS君は子供の頃よく野球をやっていつも一緒に遊んでいましたが、ある日キャッチボールをしていると”僕は本当は外人やねん”と言ってきました!

“なんで日本人の顔やのに外人やねん!英語とちゃうやん”と突っ込んでキャッチボールを続けたのを覚えています。

反対隣のD美ちゃんは憧れの的で、一緒に遊んでは意地悪して泣かせてしまうが本当は好きだった……とかとか。

各家家の思い出は年齢によって多少のズレはありますが、育った環境や子供の頃の忘れていた感情や価値観が地図を書くことによってリアルに思い出されて来るから不思議です。

そして、その感情は何ものにも汚されていないピュアなもので最も大切なことを気づかせてくれる作業になるかもしれません。

手書き地図

こんな拙い地図でもいいんです( ; _ ; )/~~~

自転車を手に入れて

成長することによって行動が広がる。隣近所からテリトリーが広がるのです。僕が住んでいたのは京都の太秦は映画の撮影所が多くある街でした。

今はお金をとって入場できるテーマパークもかつては撮影スタジオがあるだけで、フェンスの抜け穴から中に侵入すると侍のおっちゃんがタバコをふかしていたり、キャッチボールをしたりしていました。

うろ覚えではありますが、遠山の金さんが僕らを見つけてキャッチボールの相手になってくれた記憶があります。撮影所は数社あり、その場所も点在していたので撮影所の名前を冠した商店街は普通に侍だとか俳優さんが歩いていました。

自転車を手に入れるとその行動範囲はさらに広がります。

嵐山、嵯峨野、などの観光スポットは20分程度で行けるので、今は禁止されているでしょうが渡月橋の下で泳いだり、竹林を自転車で爆走したりした思い出があります。

思い出を辿るフックとなる地図

不器用ながらも、たどたどしく地図を書いてゆくと実にいろいろなことが思い出されます。きっと一生思い出すことのなかったような情景、会話、感情が一挙に蘇る実に不思議な体験をしました。

人間の頭というのは実に不思議なものです、思い出した記憶を書いた地図にコメント書きをしてみるとこれはもう立派な一枚の自分史です。

下手くそすぎて人には見せられませんが、自分だけの貴重な資料になります、機会があれば一度チャレンジしてみることをお勧めします。

きっとおどろくような記憶が蘇ることとなると思います。そして、その時感じたピュアな感情を今の自分に置き換えてみると大切なことを思い出したり、抱えている問題が晴れたりするかもしれませんよ!

自分史ラボ:my life my art