「幸せの自分史づくり」でひとりでも多くの人を幸せに、と活動を続ける河野初江アドバイザーが、自分史のさまざまな魅力、書くことの楽しさを紹介します。今回はその第5弾。

【暮らしの中に大事なものが】

年明けとともに「今年こそ自分史を」と心に決めた方も多かったのではないでしょうか。ところがいざ机に向かってみると「さて、いったい何を書けばいいのやら」と立ち往生、そのままとなってしまう方も多いようです。

「立派なことを書こうと思わなくていいですからね」「何気ない体験や日常のできごとこそ大事ですよ。自分の体験に基づくものこそ、お子さんやお孫さん、そして同じ時代を生きた友人にとって興味深いものなんですよ」と申し上げても天井を見上げるばかり。我が家に「伝えるべき家訓」などあっただろうか……と考え込む方も。でも、立派な家訓や言い伝えが思い浮かばないからといってがっかりする必要はありません。暮らしの中に先祖から引き継いできた大事なものが潜んでいます。

Nさんの自分史『にし東』には、「こだわりの味」という章がありました。Nさんは男性ですが、仕事だけでなく住まいのことや料理のことにもたっぷり紙面を費やしていて、「こだわりの味」には、昭和の初め頃の子供時代から今までの味遍歴、それも「鮭の皮」や「醤油かけごはん」、「初めてのカツ丼」、「お茶漬け」といった私たちにも親しみのある味との出会いが出てきます。

その中に、「雑煮考」という一節がありました。これが雑煮を題材にしながら家族のルーツをたどる話になっていてなかなか面白いのです。

「雑煮に入っている蒲鉾がプリプリとしていた弾力がありすぎる。これはいつの頃から入れるようになったのか」と85歳のNさんは考察を始めます。齢のせいだろうか、いやそれにしてもプリプリと弾力がありすぎる気がする、などと考え始めます。話はそこで終わらず、自分の家の雑煮に影響を及ぼしたであろう先祖代々の顔を思い浮かべていきます。

先祖の顔を思い浮かべながら、あの人に縁のある土地といえば石見、この人に嫁いできた人の実家は美作、そのまた親にあたる人の出身は美中であり、備前であり……と辿っていき、そして最後に「こうしてわが家の雑煮は、基本は岡山風、そこへ仙台、福岡、名古屋、東京などが入り混じり、うまくハーモニーして完成した」貴重なものである、という結論に達するのです。そしてきっぱりと宣言します。「今後とも当家では“角餅を燒いて入れる”我が家風を続ける。子孫のものども、これだけはしっかり守ってもらいたい」と。

私の家の雑煮はNさんのお宅と違って茹でた丸餅を入れます。これは、岡山の実家から私が受け継いだもので、譲れるかといえばやはり譲れません。今年の正月は、この丸餅の入った雑煮をつつきながらNさんの文章を思い浮かべ、「それにしてもいいなあ、こんな楽しいご先祖さまの申し伝えなら」と思ったものです。